第044話「よっしゃ! 燃えてきたぜ!」
月曜日の朝。
尾本は出勤前、女神は登校前。
尾本の部屋の脱衣所では、尾本と女神が並んで体重計を覗き込んでいた。
ちなみに、女神は昨日買ってもらったばかりのペールブルーのワンピースを着ており、背中にはアイボリーの小さなリュックを背負っている。
「体重は79.5kg、体脂肪率は29.3%……です」
「よっしゃ!」
尾本はガッツポーズを決めた。
「一気に減りましたね。体調はどうですか?」
女神は心配そうに尾本を見上げる。
「うん! 元気、元気。むしろいい感じ!」
尾本は軽く屈伸しながら、体の軽さを実感する。
「えーっと、土曜の朝が81.7kgだったから……2日で2.2kgも落ちたのか」
「はりきりすぎてません? 無理しないでくださいよ」
「無理してませんって。そういえば、最終的に何kgまで体重を落とせばいいんだろう?」
「尾本さんって身長170cmでしたよね。
適正体重は、身長(m)の2乗×22だから……63.58kgです」
「すると残り18kgぐらいか。先は長いなあ……」
1リットルのペットボトル18本分の油を常時背負っている自分の姿を想像し、ぞっとした。
「あくまで指標ですから、必ず18kgも痩せないといけないわけじゃないですよ。
千里の道も一歩から! 気長にいきましょうね」
女神は励ますように微笑む。
「それにしても、適正体重の計算式がスラスラ出てくるとは」
「適正体重の計算式だけじゃないですよ」
女神は胸を張り、得意げに指を立てる。
「BMI(Body Mass Index)っていうのがありまして……
大まかに言えば、肥満度を表す指標なんですけどね。
これは体重を身長(m)の2乗で割るんです。適正値とされる『22』に近づくほど理想的とされています」
女神は空中に数式をなぞるように指を動かす。
「よって、尾本さんのBMIは27.51。適正値22との差は5.51だから、やや肥満って感じですかね」
「お、すごい!」
尾本は小さく拍手をする。
「健康や栄養を勉強している学生っぽいじゃないですか」
「ふふん……ん? ちゃんと大学生ですから」
「そうだった」
尾本は笑いながら、体重計を片付け始めた。
「やっぱり、土日に酒を飲まなかったのが大きいよな。
それと、広瀬に言われて始めたウォーキングの影響もありそう」
尾本は、広瀬から教わったふたつのダイエット方法を思い出す。
ひとつは【禁酒ダイエット】だ。
アルコールは肝臓で分解されるが、処理しきれなかった分は体脂肪として蓄積される。
さらに、アルコールの分解が優先されるため、脂肪の燃焼が後回しになるらしい。
その結果、肝臓には中性脂肪が溜まりやすくなる。
加えて、睡眠の質の低下も問題だ。
肝臓の活動が続くせいで体が休まらず、結果的に代謝が落ちる。
禁酒すれば、ぐっすり眠れて脂肪燃焼がスムーズになる……らしい。
もうひとつは【ドローイン・ウォーキング】だ。
これは、お腹をへこませながら歩くことで、消費カロリーを通常のウォーキングよりも約四割増やせるというもの。
さらに、腹筋を意識することでお腹周りが引き締まり、同時に体幹も鍛えられるという効果もあるらしい。(広瀬調べ)
このふたつを組み合わせたことで、尾本の睡眠の質はこの2日間で向上した。
睡眠中には成長ホルモンが分泌されるが、このホルモンには体内の脂肪を分解する働きがある。
ちなみに、おっさんでも成長ホルモンはちゃんと分泌されるらしい。(広瀬調べ)
つまり、【禁酒】+【適度な運動】=【睡眠による脂肪燃焼】という第三のダイエットが自動的に発動されていた!……のだった。
「とはいえですね……」
女神は腕を組み、少し真剣な表情になる。
「無理して禁酒したり、無理して運動したりして、ストレスが爆発して……
それでダイエットを中断しないかが、心配なんですよね」
「それ、めっちゃわかるかも」
「今回みたいに2日で2kg減とか、まさに私が危惧してるパターンですよ。
私が適度に尾本さんを甘やかします。
尾本さんは絶対に自分を甘やかさないでくださいね!」
「難しいことを言うなあ……」
女神が拳を握る。
「そして、尾本さん! もちろん気がついていますよね?」
尾本も拳を握った。
「おうよ! あれでしょ?」
「そうです! あれです!」
「今日から中間テスト!」
「……そうですけど……そうじゃないです……
なんで意地悪を言うのかなあ……」
女神が恨めしそうな……それでいて、泣きそうな目を向ける。
その目は少し充血しており、一夜漬けからの寝不足であることは一目瞭然。
「いや、ちょっとからかってみただけ。
80kgで解放されてる乗馬スキルがついに完スト!
そして、79kgから解放される剣術スキルが、今ちょうど79.5kg……つまり、50%解放ってことですよね?」
「そういうことです! 今夜は南の砦に行って、魔王軍を撃退しましょう!」
「よっしゃ! 燃えてきたぜ!」
「それじゃあ、そろそろ――」
「――行きますか!」
マンションを出たふたりは並んで駅へと向かう。
通勤通学の人波に紛れるふたりの背中は、熱い闘志に燃えていた。
……異世界の平和とは無関係に。




