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第043話「帰ろっか」

 尾本、広瀬、そして女神の三人は、ショッピングモールの一角にあるアンティークな雰囲気漂うヨーロピアンヴィンテージスタイルのアパレルショップの前に到着した。

 絵本の中から飛び出してきたようなその店構えは、まるで別世界の入口のようだ。ショーウィンドウには上品さと可愛らしさを兼ね備えた服が並んでいる。


「わぁ!」


 女神は目を輝かせ、小走りで店内に消えていった。

 その幼すぎる女神の後ろ姿を見送った尾本は、ショーウィンドウのガラスに映った自分の姿を見て深い溜め息をついた。ムダな抵抗かもしれないがお腹を引っ込めてみる。


「わざと俺が入りにくそうな店を選んだろ?」


「いやいや。このお店ならめぐみちゃんに似合う服があると思ったんスよ。

 これとか似合いそうじゃないっスか?」


 そういうとショーウィンドウに飾られていたワンピースを指差す。


「似合うとは思うけどさ。今日は広瀬の服を買いに来たんだよな?」


「まあ、今日じゃなくてもいいかなーって」


 軽い口調でさらりと言い放つ。


「広瀬は何がしたいんだよ……」


「困惑するおっさんの観察っスかね?」


 広瀬はいたずらっぽく微笑みながら尾本の顔を覗き込んだ。

 店内から無邪気に手を振る女神に気づき、ふたりは苦笑いしながら店内に入った。


 * * *


 ショッピングモールの通路では、行き交う買い物客たちの賑やかな声が響く。その中で黒森真琴は呆然と立ち尽くし、周囲の喧騒に呑まれることなく、ただじっと前方を見つめていた。

 細められた視線の先に、尾本と広瀬の姿があった。


 真琴の心に、複雑な感情が渦巻き始める。周囲の喧騒が音を失う。


 ――嫉妬と孤独。


 尾本の隣にいるべきなのは自分だけだと考えていた。

 それが自然で、それが当然だと思っていた。


 半年前に会社を辞めると決めたとき、「自分たちは、こんな会社で使い潰されるべきじゃない」と尾本に伝えた。

 その時、尾本から何と言われたか思い出せない。

 ただ、「新人の広瀬をひとりにはできない」と断られたことだけは、強烈に記憶に残っている。


 ――それが、すべての始まりだった。


 広瀬が入社する前は、幾度となくふたりで独立するか、一緒に他社に移ろうと話し合っていたのに……


 ――広瀬さえいなければ。


 真琴は、嫉妬と孤独の混じったどす黒い感情に押しつぶされながら、静かに息を呑んだ。


「お兄ちゃん?」


 急に結衣に声をかけられ、真琴は我に返る。同時に、周囲の喧騒が戻った気がした。


「ごめん。ぼーっとしてた」


 手にしたサングラスを掛け直す。


「そんな険しい顔して『ぼーっと』ってのは無理があるんじゃない?」


 結衣は心配そうに真琴の顔を覗き込む。


「……前の職場の先輩と後輩を見かけちゃって」


 嘘は言っていない。

 以前の会社での過酷な勤務体制を知っていた結衣が、「なるほどね」と深いため息をつく。


「帰ろっか」


 結衣は真琴の腕に手を絡ませ、真琴を引きずるようにして出口に向かって歩き始めた。

 結衣に気づいたファンらしき女子高生たちが近づいてくるが、彼女は「ごめんね」と微笑みながら足早に立ち去る。


 そして――


 真琴のポケットのスマホに映し出された星空が、ゆっくりとサングラスのレンズ内へと染み込んでいく。

 サングラスの内側に広がった星空の幻影が揺らめく中、暗い空の下にひとりの老人の姿が近づいてくる。灰色のローブを身にまとったその老人は、不気味な微笑みを真琴に向けた。


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