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第041話「……こんにちは」

 ショッピングモールの中央広場に到着した尾本は、広瀬を待ちながら改めて隣に立つ女神の姿を見つめた。

 繊細なレースが施されたブラウスは華やかさと品があり、ネイビーブルーのAラインスカートは膝丈で、動くたびに柔らかな揺れを生み出し、優雅な雰囲気を漂わせていた。

 背中まで伸ばした黒髪が清楚さと可憐さを引き立てている。


「どうかしましたか?」


 尾本の視線に気がついたのか、女神が不思議そうに見上げてくる。


 この美しい少女に誰も見向きもしないのは認識阻害の結界のせいだろう。

 尾本は広場の一角に咲いた可憐な花を独り占めしているような気がして、ほんの少し申し訳ない気持ちになった。


「んにゃ、別に」


 非日常というのは、意外と身近にあるものだと思い、尾本は苦笑いしながら肩を竦めた。

 その瞬間、女神が不意に自身の肩を抱き、少し険しい表情で周囲を見回す。


「女神様、どうかしました?!」


 驚いて尋ねると、女神は小さく首を振る。


「こちらの世界に干渉しようとする、外部からの魔力を検知しました。とても微弱ですが……」


「まさか! こっちの世界に魔物が出てくるとか、ないですよね?」


 尾本は女神を守るように前に立つと周囲を見回した。

 モールの中は平和そのもので、買い物客が行き交い、子どもたちのはしゃぐ声が響いている。


「それは大丈夫だと思います。尾本さんのお腹からラードが吹き出すような事態にならなければ」


「ラードって言った!」


「うえ……自分で言って想像したら気持ち悪くなってきました。

 今夜は焼き魚とか、あっさりめの食事にしましょう。それでいいですか、ラードさん?」


「色々と酷えな。ところで、今後は俺が食材費を出しますからね」


「じゃあ、帰りに食材コーナーにでも寄りましょうか。

 白身魚でこの時期が旬なのって、(きす)とかですっけ?」


 女神は指を顎に当て、考え込む。


「おうおう。キスがどうしたって?

 さっきから見せつけてくれるじゃないっスか、おふたりさん!」


「うわっ!」


 尾本は振り返り、広瀬を見て二度驚いた。


 ひとつは、彼女がいつもの軽いノリで突然背後から現れたこと。

 もうひとつは、普段のカジュアルなオフィススタイルとは打って変わり、自然と目を引くシックな装いをしていたことだ。


 白いシャツに、流れるようなラインが美しいベージュのミディスカート。

 職場で見慣れたボブヘアも今日はどこか輝いて見える。


 尾本は一瞬、思考が止まった。

 目の前にいるこの大人な女性が、机の引き出しにカップ麺やお菓子を隠し持っている〝お子様広瀬〟と同一人物だとは、とても思えなかった。


 そんな、いつもと少し違う広瀬が女神を視界に入れ、顔を強張らせる。


「えーっと、それで……こちらの可愛らしいお嬢さんが女神様っスか?」


 その表情から、広瀬の想像よりも女神が若すぎたのだろうとすぐに察しがつく。


 尾本の目にも、女神(星山めぐみ)の姿は、大学生よりむしろ中学生くらいに見えるわけだし。

 ただ、本人が言うには「幾千年も生きている」らしいが。


「こんにちは」


 女神は澄ました表情で頭を下げる。


「私が異世界ウルファジムの守護神、フェルネスです」


「なんか、こう……

 真顔でそういうことをお子さんに言われると、ちょっと痛々しいというか――」


 広瀬が言い終わる前に、女神は軽くため息をつき、目を閉じて黒髪をふわりとかき上げた。


 次の瞬間、周囲の景色が流れるように白く鮮やかに変わる。そして、まばゆい光が彼女を包み込み、純白のローブをまとった女神が現れた。黒髪は金色に変わり、光を反射して波のように揺れる。


 彼女の背後からは、一気に巨大な白い翼が広がり、光る羽根を舞い散らせる。翼が広がりきると、風の音が一瞬鋭く響いた。


 それは、まるで彼女を中心に世界そのものが息をのんだかのようだった。


 閉じられていた瞳が静かに開かれる。青い瞳が輝き、空間全体を支配する。

 威厳と優雅さをまとった女神の出現に、広瀬は息を呑んで言葉を失った。


「これで信じてもらえましたでしょうか?」


 女神の静かな問いに、広瀬は口をパクパクさせながら何度も頷く。


「ちょっと女神様! 認識阻害の結界を使ってるとはいえ、やりすぎですよ!

 翼とか今までなかったですよね?」


「ちょっとした演出です。神の威厳を示すには、これぐらいが効果的かなと?」


「明らかに過剰演出ですよ。それに誰も気づかないのが逆に怖いって」


 周囲の誰もがこの異常に気づかず通り過ぎていく光景は、シュールを通り越して異様だ。

 尾本の抗議に、女神は軽く肩をすくめた。


「ふむ……これ以上は私の神格が下がるかもしれないのでやめておきましょうか」


 女神がパチンと指を鳴らすと、一陣の風が吹き抜ける。

 幻想的な景色は瞬く間に消え去り、そこには人間の姿に戻った女神が何事もなかったかのように立っていた。


 呆気にとられる広瀬に気がついた女神は静かにスカートの端を指先で摘み上げ、片足を後ろに引いて優雅にカーテシーでお辞儀をしてみせる。


「もう二度と、誰かに女神様を紹介したりしねえ……」


「ぜひそうしていただきたいですね」


 女神は当然といった表情で頷く。


 一方で、広瀬はまだ信じられない様子で尾本の背中に半分隠れながら、怯えた表情を浮かべていた。


「えっと……本当に異世界の女神様?」


「だからそう言ったじゃん」


「なんなら神罰も落とせますよ?」


 姿はそのままに、女神はどこからともなくピコピコハンマーを取り出す。


「こらこら。やるなら、俺をやれ」


「なんか、色々と現実感がないっスね……」


 広瀬は呆然とした表情で、力なくつぶやく。


「別に、尾本さん以外の人に信じていただかなくても結構ですけどね」


 女神は「ふんっ!」とそっぽを向いた。


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