第036話「小アルカナ『カップのクイーン』が正位置」
大学のカフェテリアは、昼休みの賑わいに包まれていた。
天井まで伸びる大きな窓から陽光が差し込み、カウンター横の観葉植物が揺れている。
広々とした空間には、フレンチトーストやカフェラテの甘い香りが漂い、学生たちの談笑が店内のジャズBGMと溶け合い、心地よいざわめきを生み出す。
めぐみは窓際の席に座り、向かいにいるみのりとお弁当を広げた。
「教えてもらったチーズとハチミツ梅干しのサンドイッチですけど、意外とありですね」
そう言いながら、ひとくち頬張る。
口の中に広がるチーズのコクと梅干しの酸味が、思った以上に相性が良い。
「でしょ、でしょ? チーズにカリカリ梅も合うよ!」
みのりは嬉しそうに頷き、さらに熱を込めて語り出す。
「それにクエン酸ってカルシウムの吸収を促進するし――」
管理栄養士を目指し、料理サークルに所属するだけでなく、ファミレスのホールでバイトをしているみのりは、常に料理や栄養の話をしてくる。料理についてひとつ質問すれば、数倍になって返ってくるのは少し疲れるが、めぐみはこの時間が嫌いではなかった。
知らない料理の話を聞くのは楽しいし、何より、試験対策のために関わったはずが、今では良い友人として付き合えている。
孤独な『神』として長い時を過ごしためぐみにとって、何もかもが新しい発見ばかりだ。
「次の授業は解剖生理学Ⅰでしたっけ。あまり食後に受けたい授業じゃないですね」
めぐみがスマホで時間割を確認しながら、ため息をつく。
「食前よりマシかも。食欲なくなっちゃうよ」
「なるほど、それはたしかに」
めぐみはコーヒーを飲みながら、ふと尾本の顔を思い浮かべた。ひょっとして食前に解剖生理学の教材DVDを流せば、ダイエットに繋がるのでは?
想像するだけで、じわじわと笑いがこみ上げる。
「どうかしたの? ニヤニヤして」
「お気になさらず」
誤魔化すように、めぐみは話題を変えた。
「来週からいよいよ中間テストですね。教えてもらったテスト攻略法でなんとかできそうです」
「そうなんだ! 役に立ったなら良かった!」
「逆に言えば、対策を教えてもらってなかったら、どうなったことか……
褒美に、このバナナ&ピーナッツバターサンドを授けましょう」
めぐみは弁当箱の中からサンドイッチをひとつ取り出し、みのりの弁当箱のフタの上に置いた。
「後は神のみぞ知る、だね」
「いや、こればっかりはちょっと神にも分からないというか……」
「はい?」
「ああ、お気になさらず」
適当に流しながら、さらに続ける。
「そうそう、生化学概論のノートを写させてもらってありがとうございます」
「どういたしまして~」
「原田さんから『板書から虫食いでテスト問題が出る』という情報を聞いてなかったら、どうなっていたことか……
想像しただけで寒気がしますね。記憶喪失に加えて〝記録〟喪失なもので」
みのりが心配そうに表情を曇らせる。
「記憶喪失の件なんだけど……本当にそのままでいいのかなあ?」
「大丈夫です。これからは記憶喪失にならないので。ノートもバッチリです」
「星山さ……めぐみちゃんはたくましいね」
「ん?」
みのりの頬がほんのり赤くなっている。冷静を装いながらも、口元はゆるみかけていた。
「ありがとう、みのり……」
めぐみが微笑むと、みのりは少し照れくさそうに視線を逸らした。
「そうだ! 中間テストについて占ってみる?」
「ん~?」
「料理以外に占いも趣味なんだよー! 気晴らしになるよ」
魔法が存在する異世界の女神が、人間の、女子大生の占いに、頼る……?
――なにそれ、客観的に見て超おもしろい!
「いいですね。ちょっとやってみてください」
「ただし、我流っていうかオリジナルっていうか、あくまで遊びだけどね」
みのりはバッグからタロットカードを取り出し、手際よくシャッフルを始める。
「今、めぐみちゃんが気になっていること……中間テストの事を考えながら、ストップって言ってね」
「ふむ……気になっていること? ストップ」
「小アルカナ『カップのクイーン』が正位置」
コーヒーをすすりながら、カードの絵面を眺める。
海を背にして玉座に腰掛け、装飾の施された大きなカップをじっと見つめる銀髪の女王の姿が描かれていた。優雅な衣をまといながらも、どこか物思いにふけっている。
「これは愛情を感じているとか、満ち足りている状態とかを示すカードなんだけど――」
めぐみはコーヒーを吹き出しそうになり、慌てて口を押さえた。
「べ、べべべつに!? 愛情とか!? 満ち足りてるとか!?
まったくないですけどっ!? あの人には何かと苦労させられてるんですけどっ!?」
「え? あ、あ、あのね……
この場合は勉強の事だから、誰かに助けてもらえばチャンスに繋がるよ~って意味で……」
「ふ、ふ〜ん? あ、当たってるじゃないですか……」
めぐみは無理やり咳払いし、気を取り直してサンドイッチを取り出す。
「褒美としてこの厚焼き玉子サンドも半分あげましょう」
「わ、わ~い?」
みのりは困惑した表情で、それを受け取った。




