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第035話「行け、コウ! 4000rpmだ!」

 昼休みの開発室は、どこか薄暗い。PCやサーバーのファンが低く唸る中、尾本はデスクの上のランチボックスを開けた。中には、彩りの良いサンドイッチが並んでいる。彩りも考えたのか、パセリとプチトマトも添えてあった。


 ――まあ、昨日の晩ご飯も普通に美味しかったし、期待していいよな?


 尾本は、ひとつを手に取る。


「チーズと……これは梅肉か?

 見たことがない組み合わせだなあ」


 おそるおそる口に運ぶと、ふわりと甘じょっぱい風味が広がった。


「うん! チーズとハチミツ梅干しのサンドイッチ……個性的だけど意外とありだわ」


 その他には厚焼き玉子サンド、ツナにカレー粉、アボカドとハラペーニョ……

 デザートなのか、バナナ&ピーナッツバター、いちご&クリームチーズのサンドイッチも混ざっている。量が少ないのが残念ではあるが、見た目からして美味しそう。


 尾本はサンドイッチを頬張りながら懐中時計を取り出して眺める。時を刻む秒針が、いつもと違うリズムで動いているのを見て、ほんの少し安堵の表情が浮かんだ。こちらの世界で二日が経過したが、異世界ウルファジムではまだ六時間しか経っていない。〝こうなってほしい〟と念じるだけで異世界の時間の流れが変化するとは本当に都合がいい。


「こんな感じで何でもかんでも俺の思い通りになっちまえばいいのになー」


 ぼんやりとした独り言が、冷房の効いた開発室に溶ける。


「はい?」


 隣の席から、広瀬が怪訝そうに顔を上げた。


「いや、でっかい独り言……」


「独り言なら小声でしてほしいっスね」


 言いながら、広瀬は椅子をくるりと回転させ、尾本に向き直る。


「ところで先輩、例のハゲ散らかした仕様変更の件なんスけど」


「お前こそ、そういうのは小声で言えよ」


 尾本は苦笑しながらも、意味は伝わった。散々振り回されている例の案件だ。


「とりあえず、役割分担を考え中なんだけどさ。面倒くさそうな部分は俺が――」


「その件なんスけど、安心してもらっていいっスよ」


 広瀬が得意げな笑みを浮かべる。


「ん? どういうことよ?」


「実は、以前からひそかに作ってた業務の半自動化ツールが昨夜完成したんスよね~

 名付けて『AIあかりちゃん』! さっき試しに走らせた結果……」


 広瀬はにやりと笑う。


「全部片付いたっス!」


「!?」


 尾本は思わず広瀬を見た。


「ひ、広瀬、お前……神か!? 神だったんか!?」


「おほほほほ! 本物の女神はこの小汚いオフィスにいたわけっスよ!」


「広瀬様!! 今度、何か奢らせてください!!」


「じゃあグラフィックボードがほしいっス。十万円ぐらいの」


「高ぇよ!」


「せっかくグラボに先輩の名前をつけて、ぶん回そうと思ったのに……

 行け、コウ! 4000rpmだ!」


「冷却効果はばつぐんだな! つか、欲しい物がグラボって、女子的にどうなんよ?」


「……なら、新しい服?」


 広瀬が小首を傾げ、視線を尾本に向ける。


「一緒に買いに行きます?」


 瞳の中に、どこか探るような輝きが混じっているように感じた。その意図を測りかね、尾本は眉を寄せる。


「えーっと……つまり、女性服売り場で困惑するオッサンを笑いたいってこと?」


 広瀬のまばたきが止まる。わずかにため息をつくと肩をすくめた。


「……しかも、ショッピングモールで歩き疲れるオッサンも観察できるっス」


「さてはアンタ、神と見せかけて鬼だね?」


「そこは小悪魔って呼んでほしいっスね♡」


 広瀬が頬杖をついて微笑む。


「まあ、いいや。広瀬には日頃から色々と世話になりっぱなしだったからな。最近は土日も出勤してたろ。友だちと会えてないんじゃないか? お小遣いをやるから、友だちと買いに行ってこいよ」


 休日出勤のことを思い出す。静まり返ったオフィスで作業に没頭していたら、背後に気配もなく広瀬が立っていた時はさすがに驚いた。広瀬に余計な気をつかわせたくなくてこっそり出社したのだが、バレバレだったらしい。

 それからは、休日出勤する時は、事前に伝えるようにしてたのだが、決まって広瀬も出勤してくる。付き合わなくていいと言っているのだが、どこ吹く風といった感じだ。


「あらやだ。たまに先輩がクソイケメンに見える時があるっスよ」


「クソって言うな、はしたない」


「でも、友だちとはネット上でいつも会ってるから心配いらないっスよ。それより、せっかくだから一緒に行きましょうよ」


「いや、職場の後輩から遊びに誘ってもらえるのは嬉しいんだけどさ。休日は会社のことは忘れて楽しんでほしいというのが俺の親心というか――」


「えー! 休日をどうにかするために業務自動化ツールの作成を急いだんスよ?!」


 広瀬は勢いよく机を叩いた。


「いや、俺は広瀬のためを思ってだなあ……」


「それに先輩は重要なことを忘れてないっスか?」


「ん? 何だっけ?」


「あきれた。明日、土曜日は先輩《《の》》女神様と会うんスよね?」


「俺のじゃねえよ。『の』って所有格を付けるな」


「そもそも、女神様に会わせてやるって言ったの先輩っスよ?」


 たしかにそんな話をした記憶がある。


「一応、女神様の許可は取ってあるけどさあ……」


 尾本は指でこめかみを軽く押しながら、少し考える。


「わかったよ。そんじゃ三人で駅前のショッピングモールにでも行くか?」


 その言葉を聞くやいなや、広瀬は拳を握りしめた。


「オッケー! 先輩は首を洗って待っとくっス!」


「ちょっと待て。お前は何をする気だ」


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