第034話「すべては、我がカラドグラム家の再興のために」
昼下がりの西アルヴァリス砦の兵舎。
簡素な木製の机と粗末な寝台が並ぶ二人部屋の一室で、オウリィは静かに椅子に腰掛けた。
窓から差し込む柔らかな陽光が、書類の束に影を落とす。
対面に座るマレクは、背筋を伸ばしつつも落ち着かない様子だった。彼の癖のある黒髪が、昼の光を浴びてわずかに反射している。かつては傭兵として生きてきた彼も、今はオウリィのもとで商人として学ぶ立場だ。
「さて、これまでのことをいったんまとめましょう」
オウリィが落ち着いた声で切り出すと、マレクは小さく息をつき、慎重に言葉を選ぶように口を開いた。
「ダリウス商会が魔王軍と接触しようとしているという噂……誤情報でした。すみません。僕が仕入れてきた情報だったのに……」
マレクの眉がわずかに寄る。どこか悔しそうな表情だ。
オウリィは、机の上で指を軽く動かしながら、静かに首を横に振った。
「そう判断するのはそうけいかもしれませんよ。その情報が外部に漏れたことを察して、ダリウス商会が戦場に現れなかったという可能性もあります」
そう言って淡く微笑む。商人の世界において、確証のある情報などごくわずかだ。推測を巡らせ、相手の出方を見極める。それが重要なのだ。
「しかし、魔王軍を相手に商いを行うことが本当に可能なのでしょうか?」
マレクの問いに、オウリィは目を細める。
「分かりませんね。ただ、勇者アヤト様が会話ができる魔物……魔王軍幹部と遭遇したという情報を得ました。いずれ我々も魔王の幹部と関わる時があるかもしれない、ということだけ気にとめておきましょう」
魔物との共存など、表向きには誰もが不可能だと考えている。だが、ダリウス商会が密かに魔王軍と取引しているという噂がある以上、確認する必要があった。もし単なる交易ならば、それ自体は責めるつもりはない。問題は〝青結晶〟だ。
魔導具の燃料や素材として貴重なこの鉱石は、戦略物資として厳しく管理されるべきもの。
最近になって、この青結晶の流通量が不自然に変動しているという話を耳にした。
本来であれば、供給量と在庫はほぼ一致するはず。
だが、公に流通している量と、ダリウス商会の供給量にわずかなズレがある。
もし彼らが魔王軍に青結晶を渡していたとしたら、それは人類への裏切り行為だ。
確証はないが、疑うだけの根拠はある。
そして、その事実を突き止めることができれば――
オウリィは静かに目を伏せた。もしダリウス商会が青結晶を密かに動かしているのなら、それを明るみに出し、商人として叩きのめす。それこそが、危険を冒してまで戦場に足を運んだ理由だった。
オウリィは、ひと呼吸置いて、冷静に次の話題に移る。
「さて、我々のもうひとつの目的であった勇者アヤト様との関係作りですが――」
マレクが少し困ったように肩をすくめた。
「まさかアヤト様が南エンサリア砦に向かわれていたとは……
物事はなかなか思い通りにいかないものですね」
オウリィは静かに目を閉じ、一度思考を整理する。
「いや、我々がカルマラ自由都市に帰るにあたっては、南エンサリア砦を経由しますし、まだチャンスはありますよ」
確かに計画通りにはいかなかった。だが、焦る必要はない。むしろ、予想外の出来事をどう利用するかが重要なのだ。
「それより、新しい勇者様であるシャルル様と顔合わせができたことは良かったかもしれません。まだ他国もシャルル様の情報は仕入れていないでしょうしね」
オウリィの言葉に、マレクは少し考え込む様子を見せた後、ふと顔を上げた。
「オウリィ様、たしかシャルル様は女性の勇者様でしたよね?
贈り物用のドレスや装飾品を手配しますか?」
「ふむ。確かにあのかれんな少女には適した贈り物かもしれません」
そう口にしながら、オウリィの目はわずかに細められた。商談において贈り物は相手との関係を築くための基本戦略ではある。しかし……
「では、早々に手配を――」
「待ちなさい、マレク」
オウリィの声が少し低くなる。マレクは驚いたように口をつぐんだ。
「シャルル様がそれを喜ぶかどうかは別問題です。贈り物で相手の心を掴むなら、その相手の好みをもっと調べるべきでしょう」
「しかし、情報がまだ少なく……」
「そのとおりです。よって、まずは様子見ですね」
オウリィは軽く指先を組み、思案するように視線を落とした。
「好みは本人に直接伺うのがもっとも確実なんですが……さて、どうしたものか」
静かに椅子に背を預け、天井を見上げる。
「何にせよ、ご婦人方の間で流行っているドレスや装飾品、化粧品について調べておいてください。話を合わせるにも、そういった情報が必要です」
マレクは少し緊張した面持ちで頷いた。
「かしこまりました。街の衣料店で情報収集を進めます」
「よろしい」
オウリィは満足げに微笑む。彼にとって、情報の精度は計画の精度に等しい。
「とにかく、相手を知らずして策を立てるのは愚の骨頂ですよ。慎重にいきましょう」
手元の書類を軽く指ではじきながら、オウリィは静かに言葉を続けた。
「何としてでも勇者様を我が商会に取り込むのです。
すべては、我がカラドグラム家の再興のために」
オウリィの目に迷いはない。それが商人の道であり、己が果たすべき使命なのだから。




