第033話「よし! 次の目標が決まった」
砦の中にある教会は、荘厳な雰囲気をたたえていた。高い天井に伸びる柱は歴史を感じさせるが、装飾は控えめで、戦場の砦にある施設らしい質素さがあった。
シャルルは教会の扉を閉め、慎重に鍵をかけた。砦の兵士たちにこの場面を見られるわけにはいかない。
「女神様、もういいですよ?」
鍵がかかるのを確認した瞬間、帽子の羽飾り――ボンボンがふわりと宙に舞い上がった。白い小鳥の輪郭が淡い輝きを放ち、しだいに光の粒子へと溶けていく。黄金の光が教会内を満たし、静寂の中に柔らかな風が舞う。そして、その中心に現れたのは、こうごうしい装束に身を包んだ女神の姿だった。
「さてさて……魔物が強くなるなら、こちらもパワーアップするしかないんでしょうけど、そのためには痩せるしかないと」
「その通り! 79kgから使える【剣術スキル】なんかオススメですよ。今は80.7kgですよね。
残りたったのマイナス1.7kgで使えるようになるじゃないですか!
たいした努力もなしに剣術で無双できるなんて、私の神対応に感謝してほしいですね……神だけに」
「もしかして、そのギャグ気に入ったんですか?」
「ふふ〜ん♪」
女神が胸を張った。
「ついに開き直っちゃったよ。しかし、1日で1.7kgは無理があるというか」
「79.9kgでも使えますよ。ただし、初心者よりはマシという程度の剣術でしょうけど」
「【乗馬スキル】の時もそうだったけど、0.1kgでどう違ってくるんですかね?」
「79.9kgで『ギリ使える』、79.8kgで『まあ使える』、79.7kgで『とりあえず使える』……みたいな」
「そういや、80.7kgの【乗馬スキル】で『とりあえず乗れる』って言ってましたね」
「そして79.5kgで『使える』って感じですかね。79.0kgなら『達人レベルで使える』という感じ」
「なるほど。それなら最初から79.0kgにして凄え剣術を使いたいですな。
悔しいけどダイエットのモチベーションがあがるわ。コンチクショウめ」
「なんで悔しがるのかな? いいことじゃないですか。
しかし、思いつきとはいえ、私、自分の発想力に感動しちゃいますね。
私の神格も大幅に上がるんじゃないですか、これ?」
女神がそう言った瞬間に身体が一瞬光り輝き、背後に柔らかな後光が差した。
同時に、どこからともなく荘厳なチャペルの鐘が鳴り響く。
「――上がりました」
「マジか」
女神は満足げに胸を張る。
「そして神格の大幅な上昇により、さらなるアイデアが浮かびました」
「色々とマジか」
「ウルファジムの時間の流れですけど、勇者の有利に時間が流れてるって話はしましたよね。
やってみないと分からないんですが、尾本さんが〝こうなってほしい〟と強く願えば、時間の流れが変わったりするかも。
つまり、元の世界での数日をウルファジムでの数時間にしたいと強く願うんですよ」
「なるほど。元の世界で数日かけて痩せて、ウルファジムでは短時間でパワーアップすると」
「そうそう。これなら魔王軍も簡単には対処できないでしょう」
再び女神の身体が輝き、後光が強まる。今度は鐘の音が少し長く響いた。
「また神格が上がりました!
思いつきで、適当に言ったんですけど……正解だったっぽいです!」
「ひょっとして……アイデアが正解かどうかを神格アップのエフェクトで判断したの?」
「そういうことになりますね」
「なんかグリッチ(バグ技)みたいなことをするなあ……」
「私、このエフェクトには迷惑してるんです。お互い様ですよ」
女神が不満そうに鼻を鳴らす。
「この世界の守護神が、この世界のシステムとケンカするとか無茶苦茶だなあ。
とりあえず、元の世界での目標は定まったな。
まずは78kgまで落とす! そんでもって異世界では剣で無双する!」
「いいですね。その意気です!」
シャルルは腕を組み、少し考え込んだ。
「ウルファジムでの目標はどうしよう? とりあえず、魔物どもを狩りまくる?」
「でしたら、いったん勇者アヤトと合流してはいかがです?」
「え? せっかく別れて行動しているのに? 俺は構わんですけど何かありました?」
「じつはですね……」
女神が軽く手をかざすと、目の前に小さな魔法陣が浮かび上がった。淡く輝く輪が空中で静かに回転し、その中心には瘴霧の森の光景が映し出される。濃い霧の中をうごめく魔物たちの影が、ゆっくりと森の奥へ向かっていた。
「瘴霧の森にいる魔物の群れが、全体的に南エンサリア砦に向かって移動しているのを観測しました」
「ああ、例のトカゲ兵か……確かにやっかいな相手だ」
「移動しつつ、瘴霧の森から新たな魔物が湧いてきてるんですよね。大規模な戦闘になるなら加勢に行くべきです。そういうわけで、南エンサリア砦でアヤトと合流して魔王軍を迎え撃つのがいいんじゃないかと」
「よし! 次の目標が決まった。今度は【南エンサリア砦で魔王軍を迎撃】だ!」
そう言ったあと、シャルルはふっと息をつき、天井を仰いだ。
異世界での戦い、元の世界での準備――考えることは尽きないが、ひとまず方向は決まった。
「そんじゃ……おうちに帰ろうかな」
「そうですね。私もテスト勉強しなきゃだし」
「女神様もがんばれー」
ふたりは拳を上げると、「おー」と小さく掛け声をあげた。




