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第002話「来なくていいから救ってください!(後編)」

 神聖さを演出するためだろうか……瞳を閉じた女神が、静かに語り始める。


「これは、私の守護する世界〈ウルファジム〉の話です。

 この世界では10年前から、明らかに魔物の数が増えてきました。そして、2年ほど前に魔物を統率する者が現れ、自らを〈魔王〉と名乗人類に宣戦布告してきたのです――」


「よくある話ですな」


「よくある話では困るんですが」


 女神が苛立ちを滲んだ笑顔で睨みつけてくる。


「それで原因は?」


 女神は、微かに視線を落とす。


「あなたの体重のせいです」


「はいいいいいい?!」


「ちょっと! 驚きすぎでしょ!」


「いや、驚くでしょ! なんで俺の体重?!」


「それが……神である私の力をもってしても原因は分からずじまいです」


「とんだ無能ですな」


「おだまりなさい」


「はい」


「そこで魔王への対抗策として――

 あなたの住む世界から、若くてイケメンで、頭も性格も良くて、運動神経も抜群という将来有望な16歳の若者を召喚しました。それが1年前です。つまり、あなたではありません。それは分かりますね?」


 女神は穏やかな表情のまま、そんな皮肉を口にした。


「女神様、性格悪いって言われません?」


「私が神として生まれて幾星霜(いくせいそう)……そのような言葉を口にした愚かな人間はあなたがはじめてです」


「なるほど。これで俺の事を忘れられなくなりましたね」


「やっぱり、私の世界に召喚して瞬殺してやろうかしら?」


 女神が表情を引きつらせる。


「やだなあ。軽い社畜ジョークじゃないですか」


 負けじと尾本も笑顔で返した。


「……それで勇者の活躍で魔王軍を押し返したのが、半年前のことです。

 ですが、1カ月前から再び魔王軍は勢いを増したのです。今も勇者たちは国境付近で苦戦しています」


「ほうほう」


「さて。ここまでの話で何か気がついた事はありますか?」


「ん?」


 つまり、ここまでの話をまとめると――


・10年前から明らかに魔物の数が増えた。

・2年ほど前に魔王というのが現れて、魔物を統率して人類に宣戦布告してきた。

・1年前にイケメン勇者が召喚されて、半年前に魔王軍を押し返した。

・1カ月前から再び魔王軍は勢いを増した。


 ――うん。どんなに考えても、ブラックIT企業で働く社畜システムエンジニアにはまったく関係ない話としか思えない。


「それでは、お手元の資料の表紙をめくり、1ページ目のグラフをご覧ください」


 気がつけば、尾本の手元にカラー印刷されたレジュメが置かれている。他人様の夢だと思ってなんてことしてくれるんだ――と、思いつつも『異世界ウルファジムについての報告と尾本様へのご提案』と書かれた表紙をめくり、折れ線グラフに目をやった。


「これは、ここ10年の尾本さんの体重の増加を表すグラフです。

 ご覧ください。この見事な右肩上がり!」


「俺のプライバシーどうなってんの?」


「そして、グラフが指し示すとおりですが――

 あなたは2年前に急激に体重が増え、1年前にダイエットに挑戦したものの、1カ月前からずっとサボっていますね?」


「え? ああ、まあ、はい。最近、暑くて……」


 今は7月。先月の健康診断で「薬漬けになりたいの?」と医者に脅され、尾本はジョギングを始めてみた。

 ところが、梅雨が明けると同時に始まる連日の猛暑。夜でも湿った空気がまとわりつき、5分走っただけで全身汗だく。風呂好きな尾本としては、この気持ち悪さは耐え難かった。


 ――よってジョギングはサボっている。いや、中断している。


 もちろん、もう少し涼しくなったら再開するつもりだ。

 ただ、冬になって寒くなったらまた中断するかもしれない。寒いのは苦手なので。ついでに春は花粉症が怖いから外には出られない。


「やっぱり秋っていいな。秋はご飯が美味しいし。でっかいカニ食べたい」


「……なんの話をしてるんですか、尾本さん」


 女神は大きなため息をついた。

真夏のジョギングとウォーキングって大変ですよね。

まあ、春は花粉が怖いから無理だし、冬は寒いから無理だし、秋はご飯が美味しいから運動している暇もないんですけど。

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