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第031話「偽物だからこそ、本物に憧れてしまうのです」

 砦の外れにある迎賓館を出ると、清々しい朝の空気が肌を撫でた。

 アヤトは深呼吸をしながら、広がる城塞都市の風景を見渡す。


 南エンサリア砦――それは要塞でありながら、ひとつの都市でもあった。

 西アルヴァリス砦のような純粋な防衛拠点とは異なり、高い城壁の内側には商業地区や住宅街が広がり、背後には海へと続く漁港が併設されている。

 大通りには早朝から市場の活気が溢れ、荷車を引く商人や、魚を運ぶ漁師の姿が目立った。


 アヤトは砦の入口へと足を向ける。

 迎えに立っていたのは、昨夜も顔を合わせた副隊長のシュラウザーだった。

 痩せた体躯に、白いひげを生やした初老の男。名前といい、見た目といい、どこか犬のシュナウザーを連想させる。


「おはようございます、アヤト様」


 シュラウザーは背筋を伸ばし、敬意を込めた口調で挨拶した。

 それにアヤトも軽く頷いて応じる。


「おはようございます、シュラウザー副隊長。昨夜は遅くまでお付き合いありがとうございました」


「いえ。トカゲ兵の情報は我々にとっても重要でした。改めて感謝を申し上げます」


 礼儀正しく、穏やかな態度。

 しかし、その瞳には冷静な警戒心が滲んでいた。勇者である自分に対して礼儀を尽くしつつ、一線を引いているのが何となくわかる。

 アヤトはシュラウザーの案内で砦の指揮官室へと向かった。



 * * *



 部屋に入ると、窓際に白銀の鎧を纏った小柄な少年の姿があった。

 銀髪に陽が差し込み、柔らかな白金の輝きを帯びている。

 長めの前髪が顔の右半分にかかっており、端正な顔立ちにはどこか憂いが漂っていた。


「お待ちしておりました、勇者アヤト殿」


 少年は、静かに振り返ると、アヤトに手を差し出す。


「南エンサリア砦の警備隊長、リュシアン・アウレリウスです」


「アヤトです。よろしくお願いします」


 アヤトも握手を交わしながら、一瞬、戸惑う。


 ――見た目は12、3歳に見えるが、彼がこの砦の警備隊長なのか?


 しかし、少年にしては物怖じせず、どこか堂々とした雰囲気に少し身構えた。

 リュシアンは握手を終えると、すっと机の上に置かれていた資料に目を通した。


「まずは、トカゲ兵についての情報提供、感謝いたします」


「いえ。魔王軍の情報は早めに共有すべきだという、西アルヴァリス砦のライウス隊長からの指示に従っただけですので」


「そうでしたか。伝令役まで勇者殿がわざわざされるとは――」


 リュシアンがその笑みを冷たく変える。


「つまり、アヤト殿は、アルヴァリスに肩入れしているとエンサリアに思われることを懸念して、この砦に来られたわけですね?」


 ――察しがいい。


 アヤトは少し驚きつつも、言葉を選ぶ。


「そうですね。自分はアルヴァリスの兵士ではありません。どの国にも公平でありたいと考えています」


「それなら、ご安心ください。西アルヴァリス砦の方が魔王軍に襲撃されやすいのは、我々も理解しています。長らく、あちらに滞在されていることに対し、とくに懸念はありません」


 リュシアンは微笑を柔らかなものに変える。

 その表情はどこか幼くあどけないが、作られた顔にも見えた。


「それに、我がエンサリア共和国軍は『長距離攻撃魔(エンチャント・アロー)』を用いることで、魔王軍の進軍を阻むことができているので」


「エンチャント・アロー?」


「魔力を付与した矢を放つ、最新の魔法技術です。射程は1キロ以上。着弾と同時に爆発します。まず敵に勝ち目はないでしょう」


「なるほど」


 南エンサリア砦が他の砦に比べて被害が少ない理由はこれかと、アヤトは窓の外に目をやった。南エンサリア砦の周囲は開けた平野になっており、敵に隠れる場所はない。

 敵にとっては、地形的にも攻めにくいだろう。


 ただ、彼のいう「敵」が「魔王軍」のことだけをさしていると思いたいが。


「南エンサリア砦の防衛力の高さ、よく分かりました。ありがとうございます」


「どういたしまして。ただ、エンチャントアローの性能については他言無用でお願いします。とくに、アルヴァリス王国には」


 リュシアンは淡々と答えると、手ぐしで前髪を整えた。


「そういえば、アヤト殿には、我がエンサリアより『アジュール・スティレット』を授けておりましたね?」


 アヤトは腰の短剣に手を添える。

 エンサリアで『勇者の証』として渡された儀式用の短剣――だが、これには実用的な機能もあった。アヤトなりの考えでいえば、魔法をチャージするモバイルバッテリーのようなものだ。


「これがあるおかげで魔法を使っても魔力が枯渇しにくいですね。

 エンサリアの皆様には感謝しています」


「いえ。勇者殿の力が、我が国の防衛に役立つことを切に願っております」


 アヤトは頷いたが、リュシアンの言葉に少し引っかかるものを感じた。


〝勇者の力を役立てる〟――エンサリアは、どこまで本気で勇者を求めているのか。


 アルヴァリス王国とエンサリア共和国、レーデベリア帝国、カルマラ自由都市国家……この世界での勇者の立ち位置は思った以上に複雑だと思い知り、小さくため息をついた。


「そうだ。エンサリアの皆様にもうひとつお伝えしたいことがあります。

 新たな勇者が女神様によって召喚されました。シャルルさんという方です」


「ほう……?」


 リュシアンは興味を引かれたように眉を上げる。


「現状では私とシャルルさんが同じ場所に留まるよりも、それぞれの戦力を分けたほうがよいと考えました。

 ですので、僕はこのまましばらく南エンサリア砦に滞在し、砦の守りに加わりたいと考えているのですが……いかがでしょうか?」


「なるほど。アヤト殿がこちらの防衛に力を貸してくださるのは、ありがたいことです」


 言って、リュシアンは少し考え込むように指先を組んだ。


「せっかく我々と共に戦ってくださるのであれば、エンサリア共和国について、もう少し知っていただきたいですね」


「たしかに、僕はエンサリアについてそこまで詳しくありません。魔法技術が発達していることと、その昔にアルヴァリス王国から独立し、戦争を繰り返していたことぐらいしか」


「では、追々、我が国の歴史についてはお話しするとしましょう。

 今は、ここ南エンサリア砦や、その周辺の地理について理解を深めていただければと」


 リュシアンは微笑みながら、傍にいたシュラウザーへと視線を向ける。


「副隊長、朝食後に勇者殿を街へ案内しろ。市場や漁港なども見て回ってもらうといい」


「かしこまりました、リュシアン様」


 シュラウザーは即座に敬礼した。リュシアンはアヤトへと向き直る。


「まずは朝食をとってからにしましょう。今、用意をさせております」


 リュシアンは、テーブルに腰掛けながら、窓の外へと視線を向けた。


「ところで、アヤト殿はアルヴァリスとエンサリアの国境付近に、奇妙な形の山があるのをご存知ですか?」


 アヤトは砦へ向かう途中で見た異様な形をした岩山を思い出してうなずく。

 花を活ける剣山(けんざん)を巨大化したような、異様な形をした岩山だった。

 自然物なのか、それとも人工物なのかと疑問に感じたので、よく覚えている。


「リュシアン様――」


 シュラウザーがわずかに表情を曇らせ口を開こうとするが、リュシアンが手を上げてそれを制した。


「あれは、大規模な魔法実験の跡地です」


 アヤトは眉をひそめる。


「魔法の実験……?」


「15年前、エンサリアのとある魔術技師が『人造勇者』を作ろうとしました。

 クワリオス鉱山――それが、その実験の跡地です。

 今では鉱山の守備のため、砦も設けられていますが、当時は普通の岩山でした」


 リュシアンは窓の外を見やりながら、淡々と語る。


「もう、お察しかもしれませんね。私が、その実験の被験者のひとりなんですよ」


 無機質な言葉とは裏腹に、どこか重たい影が落ちていた。


「結果は……凄惨せいさん極まるものでした。

 10人いた被験者のうち、生き残ったのは私と姉の2人だけ。

 ほかは――魔力の暴走に巻き込まれ、生きながら青結晶と同化して消滅しました」


 淡々と語るその声には感情を押し殺しているかのような、そんな響きがあった。


「そして、それだけの犠牲を払ってできたのは、普通の兵士より少し頑丈な男がひとり。

 しかも、副作用で歳を取ることすらできない――」


 リュシアンは自嘲(じちょう)するように、わずかに口元を歪める。


「こう見えて、今年で27歳ですよ。

 医療班によると、見た目は子どものままなのに、中身は普通の人間よりも速く老いていっているそうです。おかげで、さらなる実験台にされることは避けられました。それが、せめてもの救いですね」


 リュシアンの乾いた笑いに、アヤトはどう返せばいいのか分からなかった。


「ちなみに、姉は実験の直後に行方不明になりました。今はどこでどうしているやら」


 窓の外へ向けられた瞳は、どこか遠い。

 焦点の合わないその視線は、まるで15年前に取り残されたままのようだった。


「何にせよ、こうして本物の勇者殿と会えたのは嬉しいです。だからお話しました」


 リュシアンは、わずかに口元を緩める。


「偽物だからこそ、本物に憧れてしまうのです」


 ――偽物と本物。


 その言葉に、アヤトは胸の奥に重苦しい感情を抱いた。


 シュラウザーが神妙な顔で頭を下げる。


「アヤト様……

 人造勇者の件は我が国の暗部であり、国家機密です。どうかご内密に」


 アヤトは、言葉の重みを噛みしめるようにうなずく。


「何にしても、リュシアン隊長のお姉さんのことが心配ですね」


「ええ。昨日は姉の目撃情報を追っていたんですよ。結局は空振りでしたがね。

 ただ、彼女は人造勇者として成功したのではないかと思っています。だから、今もどこかで元気にしていると……そう願いたいですね」


 リュシアンのその口調は、まるで自分に言い聞かせているようだった。


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