第029話「狙いどおりじゃ!」(後編)
森から飛び出してきた3匹のトカゲ兵の素早い動きに、シャルルは驚きの表情を浮かべた。
狙いを定めて撃つ――が、無軌道に動く相手にはまるで意味をなさない。
「あんだけ素早くジグザグ走行ができるのかよ!」
トカゲというより、カナヘビに近い見た目のそれは、長い尻尾で低い姿勢のバランスを取っているらしい。
シャルルは再度狙いをつけて撃つ――が、かすりもしない。
「くそ! 当たらねえ! もう、マスケット銃・β版の限界かよ!」
新たにマントの中からマスケット銃を取り出す。しかし、ひたすらジグザグに動き続ける3匹を相手に、その銃口が定まらず、思わず舌打ちした。
1匹が立ち止まる。
わずかに隙を見せたかと思えば、次の瞬間、他の2匹が蛇行をやめ、一直線に突っ込んできた。
慌ててそちらに銃口を向けると、2匹は左右に散開。
シャルルの意識がそちらへ向いた瞬間――今度は、立ち止まっていた1匹が一気に駆け出す。
明らかに、連携してこちらを翻弄しているのが分かった。
「逃げます?」
ボンボンが帽子の上から呑気に問いかける。
「まだまだ!」
シャルルは隠れていた岩陰から飛び出すと、マントの中からもう一挺のマスケット銃を取り出し、左手に構えた。
「散弾ならどうだ!」
トカゲ兵めがけて左手のマスケット銃を発砲。
先頭を走っていたトカゲ兵が甲高い悲鳴を上げて地面に転がる。
狙いは大雑把だったが、運よく散弾の何発かが足に命中したらしい。
シャルルはすかさず、右手に持っていたマスケット銃で転がったトカゲ兵の額を狙い撃つ。
青白い大きな火花を咲かせながら、トカゲ兵が消滅した。
だが、安心する間もなく、その火花を踏み越えて、残った2匹がさらに距離を詰めてくる。
「マスケット銃って散弾とか撃てるんですっけ?」
「撃てますよ」
短くそういうと、シャルルは手に持っていたマスケット銃を両方とも投げ捨て、マントの中から散弾をリロード済みのマスケット銃を取り出して二発目を撃つ。
しかし、今度はさすがに当たらなかった。
「そうそう簡単に幸運の女神は微笑まないか」
思わず舌打ちする。
「私のスマイル、高いですよ?」
帽子の上のボンボンがくすくすと笑う。
シャルルはマントの中から次のマスケット銃を取り出し、左右に不規則に動きながら迫ってくるトカゲ兵に狙いを定める。
残り3メートル――
「この距離なら外さねえよ!」
至近距離で放たれた散弾が、トカゲ兵の身体を容赦なく打ち抜いた。
トカゲ兵は後方へと転がり、青白い閃光を放ちながら爆ぜる。
しかし、その光の渦を目眩ましにして、最後の1匹がシャルルの前に飛び出してきた。
* * *
「よし! 狙いどおりじゃ!」
ドローンを通じて上空から戦況を見守っていたザルバスが、歓喜の声を上げた。
しかし、その視界に異変が映る。
ヴァルガンが喉を押さえ、苦しみもがいている。短剣を振り下ろそうとした瞬間、女勇者は、白銀の筒を振り上げ、そのままヴァルガンの喉を正確に突いていた。飛びかかろうとした勢いも加わり、ダメージは倍増している。
「い、今のは危なかった!」
女勇者は手にしていた白銀の筒を投げ捨て、マントの奥から小ぶりな金属の筒を取り出す。その形状から、何かを撃ち出すための道具であることは明白だ。それをヴァルガンの頭に向けると、女勇者は迷いなく引き金を引いた。
「どうせすぐに復活するんだろうけど……
今は消えとけ、トカゲ野郎!」
頭部を撃ち抜かれたヴァルガンは、青白い光の塵となって風にのって消え去った。
* * *
3匹すべてのヴァルガンが倒されたことで、ザルバスの興奮は急速に冷め、椅子にどっかりと腰を下ろした。ドローンの回線を切断すると、薄れゆく興味と反比例するように、思考は冷徹な明晰さを取り戻し始める。
「あの女勇者……」
見慣れぬ容姿、粗削りながら底知れない力を秘めた戦いぶり。
敵ながら、あっぱれと称賛せざるを得なかった。
以前から出没している男の勇者といい、いったい誰が召喚しているのか?
何にせよ、魔王軍にとって厄介な存在にとどまらず、この世界に災いをもたらす。
「今こそ、切り札を使う時か」
まずは、あの女勇者に強烈な敵意を抱く者を探し出し、見えない因果の糸を手繰り寄せ、繋ぎ合わせる。
それらを意のままに動かすことなら、誰よりも得意だ。
なにしろ、自分は――
「負けたのか?」
不意に響いたシセの問いかけに、ザルバスは我に返った。
すぐに不敵な笑みを浮かべ、シセへと視線を向ける。
「負けた。だが、これで終わりではないぞ、シセ」
ザルバスはにやりと笑い、再びドローンの回線を繋いだ。
視界に映ったのは、帰り支度を始める女勇者の姿。
慣れない様子で馬に荷物を括りつけている。
「さっきの戦闘で確信した。あの勇者は数の前に無力だろう。ならば魔物の生産を急がせるぞ。
それと計画を少し変更じゃ。切り札の使用にあたり、祭壇の改造が必要になるが……
まあ、何とかなるじゃろう」
「いよいよ南へ攻め込むのか?」
「おうよ。青結晶の鉱山を取り返す!」
次なる作戦を思い描くだけで、冷え切っていた心と頭脳に、再び熱が宿るのを感じた。
ザルバスは砦へ戻る女勇者の背中を一瞥し、静かにドローンを瘴霧の森の奥へと向かわせた。




