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第028話「大人だからできるんだって」

 薄暗い森の入口。昼間だというのに、木々の枝葉が空を覆い隠し、内部はすでに夜のような薄闇に沈んでいる。腐葉土の匂いが立ち込め、ひんやりとした風が森の奥から流れてきていた。


 そんな不気味な雰囲気をものともせず、シャルルは入口近くの岩陰に身を潜め、頭だけを出してニヤニヤと森を観察していた。


 帽子の上では、ボンボン姿のフェルネスが呆れた様子でため息をつく。


「またどうせろくでもない事を考えているんでしょ?」


「人聞きが悪いなあ。日頃のストレス解消にちょっと暴れてくるだけですよ。

 それと俺の新武器の披露ってね」


「そうだ。新武器って何のことですか?」


「これね」


 シャルルはマントの奥からマスケット銃を取り出す。森の入口付近の木にぶら下がる、ウリのような謎の木の実に狙いを定め、引き金を引いた。


 乾いた発砲音が森の入口に響く。次の瞬間、木の実は黄色い果汁を撒き散らしながら砕け散った。


「流石だね、俺さん。高校生の頃から腕が全然鈍ってないや。

 と言うか、裸眼でこんなに見えるって凄えな。遠近のピント調節も早いし……やっぱ、中の人の老眼が進んでるのか?」


 シャルルは目を細め、砕け散った木の実の破片を眺めながら呟く。


「ひょっとして、射程距離が上がってる?」


「それだけじゃないですよ。

 引き金を引いてからのタイムラグはほぼゼロ。これはβ版として採用していいな。

 名付けて【魔法のマスケット銃・β版】と……」


 シャルルが楽しげに名付けた次の瞬間、手の中のマスケット銃・β版が青白く弾け、霧散した。


「でも良かったんですかね? 偵察なのにこんな大きな音を出しちゃって」


威力偵察(いりょくていさつ)ね。戦うのが目的なんで、これでOK。

 森の中に入ったら、こっちが不利ですからね。おびき出すためにわざとやったんですよ」


「なるほど、それで新しい武器の試し撃ちをこんな場所で……ん?

 ちょっと待って!」


 突然、ボンボンが慌てたようにシャルルの帽子の上で羽をバタつかせる。


「なんで新しい神器を出してるんです?

 勇者システムの制限で、作り出せるのは一回きりのはずなんですけど!?」


「女神様、そう言ってましたね」


「あれ? よくよく考えてみたらピストルまで出してましたよね?

 どういう事? 世界に対してどんなズルを?」


「ズルなんかしてませんよ。誰も『マスケット銃を作ってもらった』なんて言ってないし」


「え?」


「俺が製造神から作ってもらった神器は、このマント……の形をした【魔法のウエポン・コンテナー】ね!」


「な、何なんですか、それは……」


「いや、一回しか作ってもらえないなら、武器じゃなくて武器庫を背負ったら有利かな~とか?」


「んんん? ごめんなさい。何を言ってるのか意味がわからないです」


 ボンボンが帽子の上から離れ、混乱したようにシャルルの周りをぐるぐると飛び回る。


「ボルグニルさんの工房に繋がってるんですよ、これ。

 お~い、ボルグニルさ~ん!」


「ん? どうかしたか、尾本?」


 広げたマントの裏地から、暖簾をくぐるようにしてボルグニルが顔を出した。


「うわっ! 気持ち悪っ!」


 ボンボンがピタッと飛ぶのをやめ、引き攣った顔で後ずさる。


「はっはっは、俺は本当に尾本のことが気に入ったぞ。

 こんな突飛な物を思いつく奴、今まで見たことがない」


「ひょっとして……例の水袋の応用?」


「それそれ」


「また、なんて物を……」


 ボルグニルが、マントの裏地の中に戻ると、新たなマスケット銃を手にして再び現れた。


「パーカッションロック(雷管)式マスケットな。使ってみてどんな感じだった?

 まだ試作段階だからな。威力が中途半端かもしれん」


 シャルルはそれを受け取り、森の入口に向かって軽く構える。


「実戦で運用しながら問題点を洗い出すんで、このままβ版としてしばらく使います。

 α版も散弾に特化して製造を続けてください。それと新しいイメージを送りますんで、同じパーカッションロック仕様でピストルもお願いします」


「はいよ」


 ボルグニルは短く答え、再びマントの奥へと消えていった。


「尾本さんって、『三つの願いを叶えてやる』って言われたら、最初に『願い事の数を増やせ』って言うタイプですよね?」


 ボンボンは呆れたように呟き、小さく羽ばたきながら帽子の上へ戻る。


「いやいや、そんなことを言ったら、すぐに女神様に拒否されるでしょう?」


 シャルルは軽く肩をすくめる。


「そうだな……たとえば、その『三つの願いを叶えてやる』って言ってきたのが、今から俺を危険な世界に連れて行こうとする性悪女神だったとするじゃないですか?

 そんで、俺の希望は安全に日々を過ごすことだったとするでしょ――」


「な~んか含みがありますねえ……」


 ボンボンがじと目で見下ろす。


「例え話ですって。

 それで、そういう前提があったとするじゃないですか。お互いに思ってることはバラバラ。さてどうしよう? 俺になったつもりで願いを考えてください」


「う〜ん……強い武器を出してくれ、とか? いや、違いますね。何がいいんだろう?」


「俺ならこう言いますよ。『ひとつめの願いは、三つめの願いが叶うまで無理のない範囲で俺の頼みを何度でも聞いてください』って。たとえば、お腹が空いたから食事を出してほしい、とか、ちょっとした怪我を治してほしいとか……そういう程度のお願い。それぐらいなら叶えてくれます?」


「まあ、それぐらいの頼み事なら聞くかも……それで、ふたつめは?」


「ふたつめの願いは『三つめの願いが叶うまで、神の全力をもって俺を守ってほしい』かな。そうしないと三つめの願いが聞けなくて困るでしょう?」


「むむむ……まあ、確かに。仕方ないですね。じゃあ、三つめは?」


 シャルルはにっこりと微笑む。


「三つめは?」


 シャルルは再びにっこりと微笑んだ。


「……あ! さては言わないつもりですね!」


「これで俺の日々の安全は守られた!」


 両腕を大きく広げ、まるで舞台の役者のように高らかに宣言すると、二カッと笑う。


「もちろん、俺は安全圏からでも性悪女神の希望を叶えるべく活動するでしょうけどね。

 そして最終的に性悪女神の希望を叶える。ちなみに、女神様の目的を達成したら、三つめの願いとして『元の世界に返してくれ』と言うかな」


「ずるいというか何というか……それが大人のやる事ですかね?」


「前にも言ったでしょ? 大人だからできるんだって」


 ボンボンはため息をひとつつき、帽子の上で小さく羽を揺らす。


「でも、結果的に性悪女神を助けるために奔走して、くたびれ損な気もしますね」


 ボンボンに言われて「ふむ」と、シャルルは考え込む。


「それって、悪い大人のふりをした、ただのお人好しじゃないですか」


 ボンボンは帽子の上で小さく笑った。


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