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第027話「男です。オッサンです」

 穏やかな風が草原を吹き抜け、背の低い野草がゆるやかに揺れている。

 遠くには小さな丘がいくつも連なり、その向こうにはうっすらと森の影が見えた。


 シャルルは馬の背に跨り、ゆっくりとした歩みの揺れを楽しむ。


「なんか知らんが、ゆっくり歩かせるぐらいなら自然に馬を操れる。

 バイクと同じ感覚かと思ったら、ぜんぜん違うね。そこも込みでちょっと楽しいかも」


 帽子の上でシマエナガっぽい何か――ボンボンが羽を揺らしながら説明する。


「体重80kgで開放される『乗馬スキル』ですね。80.7kgだと『とりあえず乗れる』程度といったところでしょうか。80.0kgになれば全力で走る馬だって自由に操れるようになるはずですよ。もちろん、81kg台に戻ったら馬に跨った瞬間に振り落とされて大怪我でしょうけどね」


「なにそれ怖っ! でもモチベーションは上がるよね」


「今の乗馬スキルで騎乗して戦うのはオススメしませんよ。発砲音で馬も驚くでしょうし」


「分かってますって。ちょっと乗馬スキルを確認したかっただけ」


 遠くに広がる青黒い森が視界に入る。その森は不気味な静けさをたたえており、風が吹いても葉擦れの音はほとんど聞こえず、代わりに微かに低い唸りのような音が響いていた。しかも、木々の隙間からは灰色の霧のようなものが漏れ出し、辺りにじわじわと広がっている。


「あれが瘴霧(しょうむ)の森か……」


 馬が歩みを止め、耳を伏せた。


「すごいな。乗馬スキル初級編でも馬が怖がってるのがわかっちゃった」


「それはいいんですけど、これじゃあ前に進めないですね」


「森までたいした距離じゃないし、ここから先は歩きで行きますか」


 シャルルは馬から降りると、近くにあった木に手綱を結びつける。


「本当に大丈夫かなあ?」


 ボンボンは帽子の上で、不安そうに首を傾げた。


 * * *


 ――時は少し遡る。


 西アルヴァリス砦の指揮官室。

 分厚い石壁に囲まれた室内は、外の喧騒とは無縁の静けさに包まれていた。

 窓の外には国境を守る砦の高い城壁がそびえ、空は青く晴れ渡っている。


 その部屋の主である国境警備隊長ライウスは、がっしりとした体格ながら、素朴な雰囲気を持つ背の高い青年だった。

 短く刈り込まれた黒髪に、純朴そうな瞳。戦場を駆け抜けてきた証として、顔には細かな傷がいくつも残っているが、それでもどこか親しみやすさを感じさせる。


「あなたが噂の女勇者殿ですか。可憐な少女と聞いていましたが、まさにその通りでしたな」


 ライウスが屈託のない笑顔を浮かべる。


「男です。オッサンです」


「は?」


 ライウスの屈託のない笑顔が固まった。

 うん、予想どおりの反応だな――と、尾本……シャルルは思った。

 アヤトが眉間を押さえ、軽くため息をつきながら口を挟む。


「ライウス隊長、とりあえず納得しておいてください。話が先に進まなくなるので」


「ま、まあ、深くは追求しませんが……」


 ライウスは軽く咳払いをすると、表情を改めて名乗った。


「申し遅れました。私は国境警備隊の隊長をしているライウス・アーヴィンと申します」


「私は副隊長のリーナ・ヴァルシアです。先日の戦闘でのご活躍は聞き及んでおりますよ」


 リーナと名乗った白銀の鎧を纏った女性と握手する。その端正な顔立ちは精悍で、堂々とした雰囲気を漂わせている。微笑みにはどこか余裕があり、その立ち振る舞いにはムダがない。


「猫耳族の銃士シャルルです。なんというか女神様の友だち? みたいな感じです。異世界人なのでこっちの常識がよくわからないんですが、そこは大目に見てください」


「なるほど、異世界の方だからですか……」


 ライウスはシャルルをじっくりと眺める。その視線は耳、尻尾、さらには胸元にまで及んでいた。

 次の瞬間、リーナが無言でライウスのスネを蹴りつける。割といい音がした。


「痛っ! いや、違うんだ、副隊長! わかるだろ!」


「お説教は後で。さてさて、勇者様たちが不在だった間の事を報告しますね――」


 リーナは淡々と説明を始めた。


 魔王軍が瘴霧の森で部隊を再編成していること。そして新たに確認された二足歩行のトカゲ兵の存在。加えて、南エンサリア砦へ伝令を送る予定であることや各国の関係。

 それと、戦場で保護した商人達の件も伝えられた。


 話を聞き終えたシャルルは小さく手をあげる。


「提案なんですけどね。南エンサリア砦にはアヤトくんに行ってもらうってのはどうですかね?」


「僕は構いませんが、指名されたってことは何か理由があるんですよね?」


「その南エンサリア砦の人たちって、ライウスさんの国にいい感情を持ってないんでしょ?

 だったら、軍事バランスを崩すかもしれない『勇者』が一国に肩入れしてる状況は、向こうにとって面白くないだろうなと思ってね」


 ライウスが難しい顔をする。


「こちらとしては勇者殿を独占する気はないんですが」


「残念ながら、そう考えているのは隊長ぐらいです。すでに我が国の中枢では、魔王討伐後の勇者様の利用方法について、いくつもの計画が練られているはずですよ」


 リーナの言葉に、アヤトとライウスが露骨に顔をしかめた。


「そんなわけで、アヤトくんに南エンサリア砦に行ってもらってさ、トカゲ兵のことを報告してもらうついでに、しばらく滞在して向こうの手助けをしてもらうのはどうかと思ったわけ」


「他意はないのですが、その役目はシャルル殿ではダメなんでしょうか?」


 ライウスの問いに、すかさずリーナが答える。


「ダメですよ、隊長。エンサリア共和国は勇者シャルル様のことをまだ知りません」


「そうだった」


 シャルル(尾本)は、「新人の営業マンがひとりで大手に商談に行ってもね」という例え話を考えたが、面倒なことになりそうなので言うのをやめた。

 一連のやり取りを聞いていたアヤトは、納得したように大きく頷く。


「わかりました。それではシャルルさんにはこちらを渡しておきます」


 アヤトがポケットから小さな真珠を取り出し、シャルルに手渡す。


「これは?」


「ボルグニル様から作ってもらった僕の神器です。これに魔力を込めたら僕と念話ができます。

 残り二個しかないので、失くさないようにしてください」


「なるほど。アヤトくんがボルグニルさんに作ってもらった神器は、通信機器なのか」


 戦闘での通信の有用性を真っ先に考えるとは、なかなか優秀だなと感心する。


 シャルルは手のひらの上で転がしながら、その小さな真珠を眺めた。


「しかし、小さいな。失くしそうで怖いや」


「自分もアヤト殿からひとつお借りしていますが、失くさないように袋に入れて首から下げておりますよ」


 ライウスが胸元から小さな袋を引っ張り出す。


「なるほど。じゃあ俺はこうするか」


 シャルルはマントの中に真珠をしまい――

 マントの内側から真珠のイヤリングを取り出す。


「な、なんですかそれ?」


「こ、これはいったい?」


 アヤトとライウスが、ほぼ同時に驚きの声を上げる。


「あー、なんていうか、これが俺の神器?」


 シャルルは軽く髪をかきあげ、人間側の左耳につける。


「なんというか……人間の耳もあるんですね」


 処理できない情報量が多すぎたのか、アヤトが目を白黒させる。


「猫耳族の重大な秘密なんで、あまり見ちゃダメ」


 そう言って、シャルルは髪で人間側の耳を隠した。

 その瞬間、かすかに甘く爽やかな香りが漂う。

 シャルルを含む全員が、微妙な顔で黙り込んだ。


「……男性、なんですよね?」


 リーナが思わず問う。


「男です。オッサンです」


 澄ました顔でシャルルは即答する。

 

 ――絶対にバレてなるものか。


 再びの沈黙……

 シャルルは咳払いをひとつすると、不敵な笑みを浮かべた。


「さてさて、俺の方なんだけど……

 いっちょ瘴霧の森とやらに威力偵察(いりょくていさつ)に行ってきますかね」


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