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第025話「人類が一丸になって対処せにゃならん時に」

 西アルヴァリス砦の指揮官室。

 指揮官用の机の上に広げられた戦略図や報告書の上に、窓から差し込む陽光が落ちる。

 その机を前にして、国境警備隊長のライウスは斥候(せっこう)の報告を受けていた。


瘴霧(しょうむ)の森に見たことがない魔物――トカゲのような姿の兵士を発見しました。

 背丈はほぼ人間と同じ。長い尻尾を持ち、動きは俊敏。革の鎧を身に着け、短剣を装備しています。数は我々が確認した限りでは四体――」


 ライウスは報告を聞きながら、眉をひそめる。


「新しい魔物か。やっぱり新しい勇者殿の降臨を意識して……だよなあ。

 どう思う、副隊長?」


 隣に立つ白銀の鎧を纏った女性――リーナへと視線を向ける。凛々しく整った顔立ちに、形の良い眉。肩まである茶褐色の髪を後ろで束ね、常に自信と強さを漂わせている。


「そう考えるのが妥当でしょう。流石です、隊長」


 リーナは、よくできましたと言わんばかりに微笑みながら満足げにうなずく。


 ライウスは無意識のうちに小さくため息をついた。

 リーナは士官学校時代の同期であり、実力も家柄も遥かにライウスより格上。ついでに言えば、思慮深く、統率者としての資質も自分よりずっと優れているときている。

 自分がこの国境警備隊長に任命された際には「リーナの方が適任では?」と上官に訴えた。しかし、彼を推薦したのがリーナとその実家だったと聞かされ……それ以上は何も言えなかった。

 たしかに腕力だけなら自信がある。だが、それだって領民と一緒に林業と牧畜をやっている地方領主の息子だからこそだ。

 手に馴染むのは剣より斧だし、斬るなら敵より薪がいい。


 ――ひょっとして、俺はリーナに嫌がらせを受けているのでは?


 そんなライウスの気苦労を知ってか知らずか、リーナは表情を引き締め、斥候の兵士へと問う。


「それで、魔王軍の動きは?」


「瘴霧の森の中からは動かないようです」


 二人は考え込む。


「部隊を編成しようとしてるって事か。今のうちに叩いといた方がいいか?」


「どうでしょうね。森の中では我々が得意とする騎馬が使えませんし。そのトカゲ兵の実力も分からない以上、今は迂闊なことはしない方が無難では?」


「だよな。それじゃあ、まずは情報収集に力を入れるか」


「それがいいですね。ところで南エンサリア砦の方はどうなんでしょう?

 あちらでトカゲ兵と交戦したという情報があれば、少しは判断材料になります」


「南エンサリア砦ねえ……なーんか、こっちに対して非協力的だからなあ、あいつら」


 南方付近を警備しているのは、ライウスたちが所属する『アルヴァリス王国』ではなく、南方に位置する『エンサリア共和国』だった。


 エンサリアは大陸の南部にある、魔法を得意とする国。中立を掲げる北方の『レーデベリア帝国』の仲裁もあり、今では魔王軍の襲来に対抗するために同盟を結んでいる。

 各国の国教である『女神教』の総本山を擁するレーデベリア帝国が「互いに手を取ることを女神が望まれている」と言えば、どの国も素直に従うしかない。


 とはいえ、エンサリア共和国は歴史的に見れば、元々アルヴァリスの南方領地群だ。

 エンサリア独立戦争後も領地や資源を巡り、何度も争ってきた過去がある。魔王軍の出現により協力体制を築いたとはいえ、一緒に戦うにはまだ禍根が深いというのが現状だった。


「では、こちらが掴んだ情報を伝えるために、南エンサリア砦へ伝令を向かわせましょう」


「なるほど。こっちが協力的な素振りを見せれば、エンサリア(あちら)も協力せざるを得んわけだ」


「そういうことです。流石です、隊長」


 リーナは満足げにうなずくと、ふと話題を変えた。


「それと……話は変わりますが、商人の件は聞きましたか?」


「カルマラの商人が魔王軍に接触しようとして返り討ちにあったという話か?」


『カルマラ自由都市』は、ここ『ファルステラ大陸』の東端にある商人国家だ。

 この国も、もともとはアルヴァリス王国の都市のひとつだったが、エンサリアとの戦争が原因で王国が財政難に陥った際に、資金援助と引き換えに自治権を得て独立した歴史を持つ。

 永世中立を謳い、表面上は各国の間を巧みに立ち回っているのだが、金になるなら人類も魔王も関係ないらしい。

 

 傭兵隊に守られた商人が戦場のど真ん中で保護されたという報告を聞いた時は、その商魂のたくましさに驚くと同時に、思わず頭を抱えた。


「人類が一丸になって対処せにゃならん時に……

 なんでみんなバラバラに動いているのかねえ」


 ライウスは大きなため息をつき、短く刈った髪をかきむしる。


「本当に。みんなが隊長ぐらい単純お気楽だったら、どれだけ良かったことか」


「ぜんぜん褒めてないな、それ」


「まさか。この世で一番ライウス隊長のことを敬愛してるの、私ですよ?」


 リーナは微笑みながら、まるで女性を口説くかのようにさらりと言ってのけた。

 そういえば、貴族のご婦人方からやたら恋文が届くという話を本人から聞いたことがある。


「よく言うよ」


 ライウスは頬杖をつくと、もう一度だけ大きなため息をついた。

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