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第021話「対勇者用の魔物よ」

 シセは、洞窟にひっそりと設置された扉を開き、その奥へと静かに足を踏み入れた。


 古い書物のカビ臭さに混じる、鼻を刺すような薬品の刺激臭。

 薄暗い石造りの広い室内には、書物と魔道具が乱雑に転がっている。蝋燭の灯りが揺らめくたび、ガラス瓶の中の不気味な液体が青や緑の怪しい光を放つ。部屋の隅に置かれた謎の機械は絶え間なくピストンを動かしながら金属音と湿った蒸気を噴き出している。


 犬頭の小人であるガウムの数体が忙しなく謎の機械を操作する中、魔王軍の幹部である魔法使いザルバスが、部屋の中央にある黒くぽっかりと開いた穴を前に佇んでいた。


 ザルバスは干からびたような老爺(ろうや)で、漆黒のローブを纏っている。乱れた白髪を押さえつけるように、ツバの広い円錐形の帽子を深々と被る。右目に掛けた片眼鏡が蝋燭の灯を受けて、微かに光を反射した。長い指で白ひげをなぞる姿は、いかにも御伽話(おとぎばなし)に出てきそうな〝悪い魔法使い〟そのものだ。


「おう。戻ったか、シセ」


 ザルバスは振り向きながら片眼鏡を押し上げる。


「すまんな。ちと手が離せんでな。それで、新しい勇者に討たれたレオガウムの様子はどうだった?」


「復活に時間がかかっていると本人は言っていたな。体の二割ほどしか復元されていないようだ」


 ザルバスは片眉をわずかに上げ、壁にかけられた鈴なりに並ぶ時計を眺める。


「……ふむ。まあ、次の作戦開始までには間に合うだろう」


「それと勇者対策を考えたそうだ」


「さすが、わしの最高傑作! 助言を出さずとも対策を考えるとはな。まったく、かわいい奴よ」


 シセは何も言わず、蝋燭の灯が揺れる部屋を一瞥した。


「……復活の祭壇の確認など、監視ドローンにでもやらせればいいものを」


「カンシ……ドローン?」


 シセの独り言に反応したザルバスが大きく首を傾げる。


「なんだそれは?」


「……気にするな」


「いや、気になるな。説明してくれ、シセ」


 シセは短く息を吐いた。


「空を飛びながら地上を見張り、操縦者に映像と音を送る……機械仕掛けの魔物だ」


「ほう!」


 ザルバスの顔が、子供のように輝く。


「素晴らしい! シセのいる世界の話は本当におもしろいな。わしのいた世界とはまるで違う」


 楽しげに顎を撫でながら、黒いローブの袖を揺らす。


「――よし、決めた。次はそれを作ろうではないか!」


「これで満足したか? 私は忙しいから帰るぞ」


「まあ、待てシセよ」


 踵を返すシセに、ザルバスは笑いながら手招きする。


「ついでに、ちょっと見ていかんか。ちょうど完成して、これから量産体制に入るところなんじゃ」


 その言葉に、シセはわずかに眉をひそめた。そして、ザルバスの視線を追い、黒く開いた部屋中央の穴を覗き込む。

 爬虫類特有の冷たい瞳がこちらを見上げていた。二足歩行のトカゲが、闇の奥でゆっくりと長い尻尾を動かしながら、長く鋭い爪が生えた自分の両手を確認している。


「新しい魔物か?」


「ヴァルガンと名付けた。どうだ、ガウム10匹分の青結晶を消費して作ってあるぞ」


「一匹を生み出すのに10匹分も使ったのか? お前は馬鹿なのか?」


 ザルバスは面倒くさそうに肩をすくめる。


浪漫(ロマン)の分からんヤツだな。レオガウムを作った時の50匹分よりはいいだろうが。それに10匹分の意味はちゃんとある。このヴァルガンは、対勇者用の魔物よ」


御託(ごたく)はいい。結果で示せ、ザルバス。魔王様もそれを望まれる」


 シセが淡々と言うと、ザルバスはくつくつと喉を鳴らした。


「もちろんよ。準備が終わり次第、ヴァルガンを出陣させる。そして勇者どもを討ち取って、魔王に献上するとしようかの……

 それに、次の切り札の準備も進んでおるしなあ。あれもなかなかのモノだぞ?」


 シセの視線が僅かに鋭くなる。

 ザルバスが魔王に〝様〟を付けなかった事に対し、シセは軽い苛立ちを感じた。

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