第019話「不本意ながら彼女の後をつける」
コンビニの駐車場で、がっくりとうなだれる茶山晴秋。その横で、広瀬綾人は生暖かい目でそれを見守っていた。
ふたりは車止めポールを椅子代わりに腰掛け、それぞれアイスを手にしている。ちなみに、晴秋はガ◯ガリ君で、綾人はあずきバーだった。
「なんであずきバー?」
「美味しいだろ、あずきバー」
問いかける晴秋に、綾人は当然のように答える。
姉のあかり同様に、彼もまたおじいちゃんっ子であった。
七月初旬。今年はじめて聞くセミの鳴き声が、じりじりと暑さを煽るように響く。
綾人は顔をしかめた。朝の涼しさはすでに消え去り、じわりとした湿気が肌にまとわりついていた。
「それにしてもショックだ~」
晴秋がアイスをかじりながら、ため息混じりにぼやく。
「あの子をここのコンビニで見かけたのが、この曜日の、この時間だったんだよ。絶対に会えると思ってたんだけどな」
「そんなもんだよ、晴秋。これで満足しただろ?」
「満足なわけないだろ。そうだ! いっそ、ここで俺がバイトすれば……」
綾人がじと目で晴秋を見やる。
「普通に気持ち悪いからやめとけ。そもそも、うちの学校はバイト禁止だろ?
生徒会役員のお前が校則破ってどうするんだ」
「冗談だって」
晴秋が軽く肩をすくめ、溶けかけたガ◯ガリ君をひとかじりする。
「しかし、なんだかな~
運命的に再会しないかな~」
「運命ねえ……晴秋の隣の部屋に住んでるのは間違いないんだろ? そのうちまた会えるさ」
「そうだな。確かにお隣さんだから――」
言いかけた瞬間、晴秋が車止めポールから勢いよく飛び降りる。
「おい! あれ! あの子だ!
マジで再会したぞ! これが運命?! 運命凄すぎね?!」
晴秋は手にしたアイスを道の向こうへ向け、興奮した声を上げた。
「ん?」
晴秋が指さした方に目をやると、コンビニ向かいの歩道を並んで歩く二人の女性の姿が目に入った。
一人は、メガネをかけた三つ編みの少女。
そして、もう一人は――
「め、女神様……?」
綾人は思わず、あずきバーを落としそうになる。
自分を異世界へと導いた女神……によく似た少女が歩いていた。
金髪に白いローブをまとった神々しい姿とは異なり、その少女は黒髪のロングヘアをなびかせ、ベージュのワンピースの上に白いカーディガンを羽織っている。
どこにでもいる普通の女の子に見えるが、それでも見間違いだとは思えなかった。
「女神様か……言い得て妙だな」
綾人の隣で、晴秋が感慨深げにつぶやく。
「つか、先にあの子に目をつけたの俺だぞ、綾人!」
「い、いや、そういう事じゃないんだけど、何と言うか……」
言葉を選びながら綾人が視線を彷徨わせていると、晴秋がピクリと反応した。
「ん? ひょっとしてあの子を知ってるのか? 知り合いなのか?」
新たな突破口を見つけたと言わんばかりに、晴秋の目が輝く。
「あ、あー えっと……どう説明したもんか……
バイト先の上司に似てるなと。いや、似てないけど」
「うちの学校はバイト禁止だろ?」
晴秋がすかさず突っ込む。
「そうだった。ボランティア先の上司の間違い」
少女の黒髪が風にふわりと揺れ、柔らかな光を反射している。
やはり見た目が違う。金髪の神々しい女神とはまるで別人。そして、何よりも違和感を抱いたのは、その雰囲気だった。
女神と謁見するたびに感じていた神秘的な儚さは、彼女からは微塵も感じられない。むしろ、どこか楽しそうですらある。
だとしても、彼女を見た瞬間に感じた〝同一人物〟という直感は、説明のつかないほどに強い。
「偶然……なのか? 他人の空似って――」
言いかけて思う。十代の頃の姉が猫耳コスプレした姿にしか見えないシャルルが現れた件といい、異世界とこちらの世界の間で、何かが起こっている気がする。
あの日、夢の中に現れた女神に「自分の世界を救ってほしい」と頼まれた時よりも、綾人の混乱は深まっていた。
「ボランティア先の上司って……俺らと同い年か、それより下ぐらいじゃね? 中学生かも」
「失礼なことを言うな。何ていうか……ほら、あれだよ。童顔?」
「彼女が何歳か知らないんだから童顔も何も――って、お前さっきから変だぞ?」
「僕のことは気にしなくていいから」
綾人は、くらくらする頭を押さえながら思う。日頃から「天才」だの「神童」だのともてはやされ、それに見合う努力を重ねてきたつもりだ。だが、想定外の事態に対して気軽に対処できるほど、器用な人間ではない。
そして、それを自覚すると落ち込みそうになる。
「それより……今日はコンビニでバイトする日じゃなかったんだな」
コンビニには目もくれず、隣にいる眼鏡の少女と談笑している〝彼女〟を見ながら、綾人は呟いた。
「方向から察するに、うちのマンションかも。帰宅中なんじゃね?」
「そうか。晴秋の隣の部屋に住んでいるんだったな。これからどうする?」
「どうするって……そりゃあ、俺はテスト勉強があるから部屋に帰るけど」
「つまり?」
その問いに、晴秋がニヤリと笑みを浮かべて親指を立てる。
「不本意ながら彼女の後をつける」
「奇遇だな。僕も晴秋の部屋に行く用事を思い出したところ」
「いや、そこは黙って帰ってくれよ、親友」
「さっさと行くぞ、親友」
綾人は晴秋の肩をぽんと叩き、女神に似た少女の後を追って早足で歩き出す。
晴秋の抗議の声を背中に浴びながら。




