表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/44

第018話「記憶喪失です」

 女神フェルネスが正体を隠して通う大学の学生ホール。

 昼休みの時間帯とあって、広々としたホールには多くの学生が集まり、それぞれ思い思いに過ごしていた。


 その一角で、フェルネスはノートPCに向かい、ひとりため息をつく。講義内容を把握できぬまま、中間テストが数日後に迫る。

 フェルネスの力で戸籍や出席日数は誤魔化せても、肝心の勉強の中身までは誤魔化せない。そして、学内奨学金の維持にはGPA3.0以上が必須。テストでは最低でも平均点が必要だが、今のままでは到底届かないだろう。


「この世界の教育システム、ちょっと厳しすぎるんじゃない?」


 ぼやきながらも、フェルネスはキーボードを叩き続ける。


「えっと……あの……」


 フェルネスは眉をひそめ、顔を上げる。

 声の主の頭上に、プロパティ情報が浮かんだ。


《個体名:原田(はらだ)みのり。健康栄養学部・管理栄養学科。1年生》


 めがねをかけた地味な顔立ち。耳の横で細く三つ編みに結われた髪が、より控えめな印象を与える。

 ……お胸はまるで控えめではないが……ちっ!

 フェルネスは手を止め、原田みのりの顔をじっと見つめた。


「何か御用かしら? 原田さん……原田みのりさん?」


 名前を呼ばれた瞬間、みのりの目が驚きに見開かれる。同時に、〝大学生である女神〟のプロファイルがみのりの記憶にインストールされた。

 みのりは一瞬、表情を戸惑わせるが、すぐに苦笑いで誤魔化す。


「えっと……ごめんなさい、私、人の顔と名前を覚えるのが苦手で……」


 頭を下げるみのりに、フェルネスは微笑む。


「気にすることはありませんよ」――そもそも、はじめて会ったのですから。


 この世界の人間と深く関わらないよう、相手の認識を阻害する結界を常に張っている。

 しかし、それをすり抜けてくる者も、どういうわけか稀にいた。原田みのりも、きっとそのひとりなのだろう。


「それで、私に何か御用で?」


「実はお料理サークルが人数割れしちゃって……入ってくれる人を探してるの」


「なるほど。栄養学部のある大学で、料理サークルが非公認とは嘆かわしいですね」


「女神さん! そうなんだよ! とんでもないの!」


 みのりが嬉しそうに身を乗り出す。


「では、名前だけお貸しします。私は勉強とバイトが忙しいので」


 それだけ伝えると、フェルネスはノートPCの画面に目を戻した。


「あ、あはは……そ、そっか~……あ、ありがと~……」


 みのりは苦笑いしつつ、何か言いたげにその場に佇む。


「……まだ何か?」


「えっと……あの……それって中間テスト対策?」


 フェルネスはキーボードを叩く手を止め、軽く息を吐いた。


「そうです。なんと申しますか……入学してから昨日までの記憶がないのです」


「えっ?!」


「記憶喪失です。その間の勉強が、まったくわかりません」


 もちろん嘘だが、「昨日から大学に入り込んだ」などと言えるはずもない。


「えええええ!!」


 突然の叫び声に、フェルネスは両耳を押さえて顔をしかめた。


「大声を出さないの」


「ご、ごめんなさい! で、でも、それって大事なんじゃ――」


 みのりは慌てて口を押さえる。


「大丈夫です。ここから絶対に巻き返すので」


「え? あ、いや……勉強の話じゃなくて……」


「ところで、原田さんは勉強は得意かしら?」


 みのりは一瞬、言葉に詰まり、視線を泳がせる。


「わ、私、そんなに勉強は得意じゃなくて……」


「ぽいですね」


「うぐぅ……」


 みのりが困ったように小さく呻く。


「まあ、私も語学系以外は苦手ですけど……」


「そ、そっか! よかった!」


「何がです?」


 フェルネスがにっこり睨むと、みのりはびくりと肩を跳ねさせた。


「ふう……原田さんも中間テスト対策をされては? 学生の本分は勉強ですよ?」


「そ、そうだよね……お母さんにもよく言われるよ」


 バツが悪そうにしつつ、みのりは何かを思い出し、顔を上げた。


「で、でもね! サークルっていいこともいっぱいあるんだよ!」


「ふむ。興味深いですね。たとえば?」


 フェルネスは興味なさげに返す。


「サークルの先輩が〈秘伝のテスト攻略法〉ってのを持っててね!


 たとえば、解剖生理学Ⅰのテストは、国家試験の過去問3年分をシャッフルして出題されるから、極端な話だけど答えを丸暗記すれば百点だって取れるとか」


 ――バンッ! フェルネスはノートPCを勢いよく閉じた。


「え、えっと……」


「原田さん――私たち、友だちになりましょう!」


 フェルネスは微笑み、手を差し出す。


「あなたこそ、私が探し求めていた人財です。もちろん、そのお料理教室にも入ります」


「あ、あの……お料理サークル……なんですけど……」


 フェルネスは軽く拳を握り、思い出したように目を輝かせる。


「――そうだ。そうでした! 勉強にかまけて、うっかりしていました!

 神である私の料理に塩をかけたこと――

 たとえ神々の黄昏が訪れようとも、私は絶対に忘れませんからね!」


「な、なにを言ってるのか、わかんないよう……」


 みのりが不安そうに後ずさる。フェルネスは妖しく微笑むと、目を細めた。


「見てなさいよ。私の手料理以外、箸をつけられない体にしてやりますとも!」


 みのりは困惑しながら「え、えぇぇぇ……」と顔を引きつらせる。


「そしたら、尾本さんのダイエットも大成功! 世界も救えて、一石二鳥!」


 復讐の女神と化したフェルネスの脳裏に浮かぶのは、尾本か、それとも広瀬か――


 それはまさに「()()()()()()()」であった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ