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第015話「家に帰ってビールが飲みたいです」

 闇の中に、青白く光る祭壇が静かに佇んでいた。

 黒曜石のように漆黒の輝きを持つ台座の中央には、複雑な幾何学模様が描かれた青い水晶の塊――青結晶(あおけっしょう)が鎮座し、鈍い光を宿していた。その周囲を光の尾を引く青白い粒子が漂い、ひとつ、またひとつと青結晶に吸い込まれていく。


 祭壇の光が波のように広がると、青白い魔法陣が浮かび上がった。そこから、這い出すように生まれてくるのは、犬頭の小人――魔物『ガウム』だ。光の粒が弾ける中、彼らは次々とその身を形作っていく。


 レオガウムは、その様子を見つめながら、透けかかった自分の掌を眺めた。

 人間どもは死ねば終わりだ。しかし、自分たち魔物は死んでも何度でも復活する。そして、死を重ねるごとに経験を積み、より強くなれる。


 魔法陣の光が揺らめいた。眩い青白い輝きが波紋のように広がると、その中心にひとつの影が浮かび上がる。ゆっくりと現れるのは、細くしなやかな肢体。透き通るようなターコイズブルーの布をまとい、まるで舞うように歩みを進める踊り子風の女――シセ。


「無様だな、レオガウム」


 シセの冷たい声が闇に響く。


「シセ様の仰るとおりです。申し開きもございません」


「――とは言え、今回の作戦……人間の武器の鹵獲(ろかく)作戦はうまく行ったようだな」


 レオガウムは微かにうなずく。

 魔法による攻撃を主とするエンサリア共和国に対し、格式を重んじるアルヴァリス王国は、頑なに武器と物量で押してくる。だからこそ、今回の作戦は計画通りに進んだ。


「ザルバス様のご希望であった弓矢ですが、何とか五十張まで奪取できております。剣や槍は二百を超えたかと。ただ、ガウムどもに扱わせるには、少々大きすぎるようにも思えますが」


 生産性を主眼に置いて作られた魔物であるガウムは、人型ではあるが中型犬程度の大きさしかない。人間の武器、特に弓矢を扱うには体躯が小さすぎる。もっとも、レオガウムの主である魔法使いザルバスが、そんなことに気がついていないわけもないのだが。


「ザルバスに何か考えがあるのだろう。それよりも、新しい勇者との戦闘はどうだった? もちろん次に活かせるのだろうな?」


 レオガウムは目を閉じる。瞼の裏に、あの少女の勇姿が焼き付いていた。

 半人半獣の女勇者。じつに面白い敵だった。


「無論です。あの女勇者への対策を考えました」


「そうか。ならばいい」


 レオガウムは、半透明な自分の手を再び見つめる。

 輪郭がまだぼやけている。指先が淡く透け、思うように力が入らない。

 いつもより復活に時間がかかっている。これは何だ……?


 魔法陣が放つ青白い光が、ぼんやりと揺らめく。

 祭壇の青結晶が脈打つたび、魔力が循環していく。だが、どうにも違和感がある。

 復活に時間がかかりすぎているような……


「すぐにでも戦場に戻りたいのですが、ままならんものです」


「小型のガウム共はともかく、お前ほどの巨体を再構築するには時間がかかるのだろう」


「それにしては、時間がかかっているような気がします」


「そうか? 私には分からんが」


 シセは興味なさげに肩をすくめると、踵を返す。


「では、私は日直があるから帰る」


「ニッチョク?」


 聞き慣れぬ言葉に、レオガウムは獅子のたてがみを揺らしながら首を傾げた。


 * * *


 一夜明け──

 国境警備隊の毛布を羽織ったシャルルは、朝日に照らされた砦を歩いていた。日本は連日の猛暑だが、こちらは初秋のような涼しさだ。


「寒っ!」


 思わず猫耳と尻尾が震える。

 砦は頑丈な石造りの要塞で、城壁の上には見張り塔が点在し、常に警備の兵が周囲を監視していた。

 内部は想像以上に整然としており、石畳の道に沿って兵士たちの住居が立ち並んでいる。その中に、鐘楼を備えた小さな建物を見つけた。

 屋根には大小の歯車が複雑に組み合わされたシンボルが掲げられている。


「時計の部品みたいなデザインだな」


 太陽系儀や天文時計を思わせる精密な意匠。それらが組み合わされ、十字架の形になっていた。


「これが、この世界の宗教かい。ずいぶんと理系好みなこって」


 軋むドアを押し、教会の中に入る。

 教会の奥にある祭壇には、白亜の女神像が静かに佇んでいた。

 朝日の柔らかな光が窓から差し込み、女神像が左手に持ったランタンに反射する。反射した光は輪のように広がり、教会内に幻想的な雰囲気を作り出していた。


「へえ……」


 単なる造形美への感嘆ではない。もっと《《根源的な何か》》がシャルル――尾本の胸を締めつけ、なぜか目が離せない。込み上げてくる懐かしい感情が涙となって目から溢れてくる。


「――なんだ、この感じ?」


 自分の中の違和感を突き止められぬまま、シャルルは涙を拭った。


「まあ、いいや。これに祈れば家に帰れるのかね? お~い、フェルさ~ん!」


 返事はない。


「ちゃんと祈らないとダメなのか。しっかし……」


 まじまじと女神像を眺め、自分の知っている女神フェルネスの姿を思い浮かべる。


「な~んか違うんだよな。美化120%というか…… そもそも女神様って美人系と言うより、可愛い系だからかな?  あ、わかった! あれだ! 発育の問題――」


 言いかけて咳払いをひとつ。誰もいないことを確認し、静かに跪いた。


「女神よ。……家に帰ってビールが飲みたいです」


「さっきから全力で私に喧嘩売ってますよね?」


「ふぎゃあああああ!!」


 背後に立っていた女神に尻尾を踏みつけられ、シャルルは大きな悲鳴をあげた。

 

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