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第014話「俺の体重が……すまん(後編)」

 頬を撫でる風に、煙と焼けた鉄の匂いが混ざる。松明の光が砦の壁に揺らめき、影が不規則に踊っていた。砦の上からは矢が飛び交い、怒号がこだまする。兵士たちが敵を迎え撃つ様子が、遠目にも見えた。


 視界の端で、犬頭の魔物たちがこちらを向いた。耳を立て、互いに視線を交わすと、遠吠えとも言葉ともとれる鳴き声を上げる。彼らの意識が、自分とアヤトへと切り替わったのを感じた。


 次の瞬間、シャルルの背後で、馬の蹄が大地を踏み鳴らす音が響く。

 視界の端で、アヤトが馬を駆け、槍を構えたのが見えた。

 犬頭の魔物たちが驚いたように身をすくませるが、次の瞬間には馬によって数体が弾き飛ばされ、空中で青白い炎となって消えた。


 馬の突撃を回避できた魔物が、慌てふためきながら体勢を整えようとする。

 だが、アヤトの槍が突き出されると、その身体が弾かれるように光の塵となるのが視界に映った。


 流れるような動きでアヤトが馬を降りるのが視界に映る。彼の剣が銀色の光を帯びながら抜かれた。

 その刃が閃くと、倒れた兵士に棍棒を振り下ろそうとしていた魔物の首が宙を舞い、青白い炎となって消えた。


「さすが勇者さん。戦慣れしてらっしゃる」


 シャルルはその一瞬を見届けながら、手にした銃を構え直した。


 アヤトが魔物に対処している隙に、物陰に移動した三匹の犬頭の魔物が、我先にと左右からシャルルに襲いかかる。


 ――左に一匹。右に二匹!


 左の一匹は大声を上げて出鱈目に棍棒を振り回し、シャルルの気を引こうとする。

 実際、シャルルはそちらを向いた。

 その隙を逃さぬように、木製の盾を持った右の一匹がしゃがみこみ、踏み台となる。

 そして、その背後に隠れていた槍を持った一匹が盾を持った仲間の肩を蹴ってシャルルの頭上を舞い――


「たーまやー!」


 ――発砲音の後に、空中で青白い光となって爆ぜた。

 シャルルの右手には、紫の煙を吐くマスケット銃。


 魔物たちはもちろん、砦の兵士たちも、一瞬その銃声と光景に目を奪われる。


《次、左から、くるよー》


「わかってらい!」


 頭に響く声に、シャルルは思わず返事をする。

 振り回す棍棒の遠心力により振り回され、攻撃も回避もできずに前に飛び出してくる魔物。

 シャルルはマントの中へ手を伸ばし、新たな武器を引き抜く。その左手に構えられたのは、拳銃【フリントロック式ピストル】だった。


「フリントロック式ピストルもセーフ。世界よ、ありがとう!」


 世界への感謝の言葉と同時に、シャルルは引き金を引く。

 勢いよく火打石(フリントロック)が火花を散らし、点火された火薬の爆発と共に鉛の弾丸を打ち出す。

 狭い眉間にその弾丸を喰らった左の一匹は、棍棒を残して光の塵となった。


 残った一匹は盾を構えて後ずさる。

 シャルルはマントの中からマスケット銃を引き抜き、狙いを定める。

 引き金を引くと、閃光とともに盾ごと粉々に砕け、青白い光の花がその場に咲くのが視界に映った。


「う~ん……威力はともかく、イマイチ使いにくいな」


 引き金を引いてから、火打石(フリント)鉄板(フリズン)に打ち当たり、火花が火皿の上の火薬に着火。その炎が銃身内のメイン火薬に伝わって弾丸が発射されるまで、およそ0.5秒。わかっていたつもりだったが、敵の動きを0.5秒先読みしなければならないのは、想像以上にストレスだった。


「まあ、α版はこんなもんかね。マスケットもピストルも要改善ですな」


 手にしたマスケット銃とピストルの重さとバランスを確認するために、シャルルは掌の上でくるくると回す。

 そして、それらが掌の上で青白い光の粒子となって消滅するのを確認した。


「……なんというか、戦い方がえげつないですね」


 残った魔物を打ち取ったアヤトが、剣についた青く光る血糊を払い飛ばしながらシャルルに近寄る。

 その視線の先で、犬頭の魔物たちが一斉に後退していく。シャルルとアヤトの登場に驚いたのか、それとも何らかの判断を下したのか、我先にと逃げ出しているように見えた。


「まあ、その……理由があって言えないんだけど……あいつらには色々と私怨(しえん)があって」


 苦悶の表情を悟られぬように、シャルルは視線を逸らした。


 ――頼んでもいないのに、余計な脂肪になりやがって。

 家に帰ってからの楽しみといえば、ビールを飲みながら動画を見るぐらいしかないというのに……

 俺の脂肪め! いつか必ず、跡形も残さず燃焼させてやる……気が向いたら!


「私怨、ですか?」


 シャルルが視線を落としたのを見て、アヤトが何事か気付いたかのように、はっとした表情を浮かべた。


「ひょっとして、シャルルさんが自分を男と偽らなければならない理由が、そこに?」


 ――いや、違いますけど?


 と思ったが、黙っておくことにした。なんか都合がいいし。


 剣を鞘に戻したアヤトが背中を向ける。


「すみません。これ以上の詮索はやめます」


 その背中に向けて、シャルルは小さく呟いた。


「長くて辛い戦いになるな」


 絶望を紛らわすように、シャルルこと尾本コウは星空を見上げながら決意する。


 仕事終わりの数少ない楽しみだったビールと唐揚げを控えよう。そして、今後は0キロカロリーの発泡酒と、枝豆か冷奴にする。それと、カニカマ。


 空に浮かぶ蠍座の星々が、ゆっくりと、その輪郭と配置を変え、やがて蟹の姿を成していく。そんな異世界の神秘を見つめながら、尾本は「カニカマってダイエット的にセーフなのかな?」などと考えていた。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


ところで宣誓させてください。


……次28話までに体重を2キロ減らすつもりです(泣)

その時に後書きでどうなったか報告します。

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