第013話「ナンカ祈っといてください(前編)」
魔物の群れが消えた荒野に、夕日が静かに沈んでいく。
戦場の熱も冷め始めているが、まだ戦いは終わっていないようだ。あちこちで補給や休憩を促す指揮官の怒号が飛び交い、戦場には今なお張り詰めた空気が漂っていた。
「――なあ、フェルさんや」
「神に変なあだ名つけるのやめてくれます? 天罰が下りますよ」
「勇者アヤトだっけ? なんで茫然自失なの?」
アヤトは沈む夕日を背に、じっと地面を見つめたまま動かない。
その背中には、気の毒なほどに哀愁が漂って見える。
「尾本さん……じゃなかった、シャルルさんが『ふたりっきりにしてくれ』って言ったからですよ。彼は気を使ってくれてるんです」
「俺の話を聞いているようにも見えなかったけど……まあ、いいや。それより今後のことを相談しておこうかと」
「この後は、西アルヴァリス砦に展開している魔王軍の残敵を殲滅してください。それが終わったら、今日の冒険はおしまい」
「なーんか暴れ足りない気もする」
シャルルは腕を組み、すでに魔物の姿が消えた戦場を見渡す。
正直に言えば、自分の中の高揚感はまだ収まりきらない。
「前にも言いましたよね。魔物を一匹倒せば、どこかで魔物が一匹増えるって。だから尾本さんがいくら魔物を倒したところで、根本的な解決には繋がりませんよ。ここに尾本さんを連れてきた理由の八割は、ダイエットのモチベーションアップです」
「納得できるような。できんような。……ちなみに、ここで暴れた分だけカロリー消費されたりとかは?」
「ないですよ。そんな都合のいい話……」
「ケチだなあ」
「それはどうもすみませんね!」
女神は、べーっと舌を出してみせた。
「でもまあ、体を使った感覚は本物だな。それは楽しいかも」
軽く体をひねると、腰がスムーズに曲がる感覚があった。何度か屈伸を繰り返し、思わず声を上げる。
「おお! こんなに腰が曲がる!」
まるで新しいおもちゃを手にした子供のような気分で、自分の動きを確かめる。
女神は呆れたように腕を組み、じっとそれを眺めていた。
* * *
ある程度は女神フェルネスの予想通りの展開であった。
尾本のダイエットへのモチベーションを上げるには、まず爽快感を与えた方がいい。
次の爽快感を求めたくなった尾本は、ダイエットに真剣に向き合うだろう。
――そういう作戦である。
それにしても予想外だったのは尾本の出現を狙ったかのような敵の不意打ちだろうか。この世界の全てを見通せるはずの自分が、観測できない事象が増えてきている。いや、もはや見通せないと言ってもいい。
このウルファジムという世界の守護神であり管理者として、絶対的な観測が可能であることを自負していたが、あらゆる対策が後手に回っている印象を受ける。
さらに言えば、自分が選んだ勇者「広瀬綾人」が、尾本の会社の後輩「広瀬あかり」の弟だったことも、話が出来すぎており、不自然さを感じずにはいられない。
ただ、この異世界ウルファジムの守護神である自分が、尾本の世界や彼らの運命に干渉できるはずもなく……ただのできすぎた偶然としか言いようがないのも事実。
そして、早急に今後の対策を練らねば。ただ、その前に片付けなければならない事がある。
フェルネスはそっと振り返った。少し離れた場所で、勇者アヤトが首を傾げながら、「姉ちゃん?……空似?……男?……銃?……猫耳?」とブツブツと呟いていた。
自分の姉に似たシャルルの姿に対し、混乱は見られるが、まだ十分に戦えると判断した。
とりあえず、尾本はアヤトのことにまるで気がついていないので黙っておこう。
――なんだかそっちの方が楽しそうだから!
「それじゃあ、国境線までは勇者と一緒に向かってください。私は先にあっちの世界に帰ります」
まだ屈伸運動を続けるシャルルに声をかけると、彼(彼女?)は驚いた顔を上げた。
「えっ?! じゃあ、俺はどうやって元の世界に帰ればいいんです?」
「国境の砦の中に小さい教会があります。そこに行ってナンカ祈っといてください。そしたら、私のスマホに通知が来るので、迎えに行きます」
「どんなシステムなんですか、それ?」
どんなシステムって……そういうシステムなのだが。なんか便利そうだから勇者管理システムをスマホのアプリにしておいただけだ。たいした話ではない。
「女神様はあっちに帰ってどうするんです?」
シャルルが不思議そうに首を傾げた。
「大学の……課題……」
心底、同情する……と言わんばかりに、シャルルが苦笑いする。
「あ、うん。そっか。ごめんなさいね。後で何か買ってこようか?」
「余計な気遣いはいらないので尾本さんは痩せてください――」
言いかけて、疲れた脳には糖分が必要なことを思い出した。
「……S◯YJ◯Yのストロベリー味……カ◯リーメイトのチーズ味……
リプ◯ンのミルクティー……紙パックのやつ……」
シャルルは肩を竦めると、小さく頷いた。
「はいはい」
まあ、それぐらいしてもらっても、バチは当たらないだろう。
何しろ、自分は神なのだから。




