第012話「あ、どうも。猫耳族の銃士シャルルです」
夕焼けに染まる茶色い髪が、風に軽く揺れる。精悍な顔立ちには迷いがなく、まっすぐな眼差しがこちらを捉えていた。鋼のような光を帯びた蒼い鎧は、陽の光をわずかに反射し、騎乗する姿をより際立たせる。鎧の下でも分かる引き締まった体つきが、その力強さを物語っていた。
「女神様! お久しぶりです」
馬上の青年が、朗らかな声で女神に呼びかけた。女神は〝自分の姿は勇者にしか見えない設定にしている〟と言っていたので、すぐに彼が勇者なのだと気づく。
「勇者アヤトよ。久しぶりですね。息災でしたか」
女神が静かに微笑む。背後にはまるで神聖な後光が差したように見えた。
「女神が猫を被ってる……」
スンッと済ました顔で、聖母のような微笑を浮かべる女神に、すかさず猫耳広瀬がツッコミを入れる。
「だまりなさい。このバカ猫」
アヤトには見えない角度で、女神は素早く猫耳広瀬の尻尾を掴んだ。
「ふぎゃあああ!!!」
突如として響く情けない悲鳴。
尻尾の根本を強く握られた衝撃で、尾本はその場に崩れ落ち、腰を抜かしてしまう。
「やめて……それ、やめて……それ、やめて……それ、やめて……それ、やめて……」
そんな女神と尾本とのやり取りを見ていたアヤトの表情が、不意に強張った。
「ね、姉ちゃんんんんん???」
「姉ちゃん? いや、俺は男ですが? おっさんですが?」
「あ、え?……失礼しました。男性でしたか。あれ? ん? おっさん?」
アヤトが、へたり込んでいる尾本をじろじろと観察する。
なんだチミは。気持ち悪い。
「いや、でも……あ、姉ちゃんにしては若い? 子どもの頃の姉ちゃん? なんで?
そ、そうだ! ぼ、僕はアヤト! 綾人です!」
「そうですかー」
尾本は適当に相槌を打ちながら、腰を軽くさする。
尻尾の根本に走った痛みと痺れに意識を持っていかれ、会話を半分聞き流していた。
「あ、あれ? この反応の薄さは、姉ちゃんとは無関係の人? えーっと……あ、あなたのお名前は?」
「名前?」
アヤトに問われ、考える。勇者アヤトが苦労しているのは自分の体重のせい。つまり、自分の素性は明かさない方が得策。
――いや、待て! それだけじゃないぞ!
いい年したおっさんが、職場の若い女性社員そっくりの姿をしている現状。もしも同じ世界の若者にバレたら……社会的に死亡コースなのでは? SNSで拡散されて、それが広瀬にバレたら!
「あ、どうも。猫耳族の銃士シャルルです」
尾本……シャルルは、極めて冷静にペコリと頭を下げ、一拍置いてから立ち上がった。
「猫耳族の……シャルルさん……?」
アヤトの視線が微妙に泳いでいるのが気になる。
まるで何か引っかかるものでもあるかのように、シャルルの胸元へ視線を送り、少し考え込む。
絶対に隠し通してみせる……これはお胸ではない。胸筋。これは胸筋……
女神はというと、笑いを噛み殺したアルカイックスマイルで、こちらを見つめている。
シャルルは『余計なことは言わないでくださいよ!』と目で訴えると、女神はわざとらしく目を逸らした。
「そ、そうだ! 自分は魔王軍の幹部と思われる相手を追ってきたところなんですが……」
アヤトが、はっと我に返る。
「ああ。さっきのでっかい黒ニャンコの事かな?」
「く、黒ニャンコ……? えっと剣を持った青黒い毛並みの獅子の頭をした巨人ですか? それと踊り子風の女なんですが」
「女の人は見なかったな。剣を持ったライオン野郎なら、コイツでやっつけといたけど」
そう言うと、シャルルはマスケット銃を軽く放り上げる。回転する銃は、空中で完璧な弧を描き、掌へと滑らかに収まった。そのままくるりと前方へ持ち替え、澄ました表情で敬礼し、儀仗パフォーマンスを締めくくる。
――ちなみに曲芸スキルによるものだ。
「……女神様。この世界って銃があるんですか?」
アヤトが、困惑した表情でマスケット銃を指差すと、女神はこめかみを抑える。
「さっきまで無しでした」
「これからありなの!」
取り上げられてなるものかと、シャルルはマスケット銃を抱きしめる。
だが、次の瞬間、それはシャルルの胸の中で弾け、青白い光となって砕け散った。
「ありゃ? やっぱりダメってことか? せっかくボルグニルさんに作ってもらったのに……」
シャルルは風に舞う青白い光の粒子を見つめながら、しばし呆然とする。
「やはり、このウルファジムでの存在は許されなかったみたいですね。世界システム側としては、一回使われないと『存在の可否判定がしづらい』というのもあるんでしょうか?」
「なるほど。ボルグニルさんが作った『姿が消える道具』とやらも使用したら数十秒で消滅って言ってましたもんね。つまり、一回の使用までは許してくれるわけだ。なるほど、なるほど。よし、予想はしていたけど重要なデータが取れたかも」
「私としては、発砲する前に消えてほしかったですけどね。でも、せっかくボルグニルさんが勇者専用に作ってくれた神器だったのに。開幕早々に消滅とか……」
「ふふん。それはどうかな?」
「言っときますけど、制限かかってますから!
神器クラスの武具が作れるのは一回だけですから!
強がったって無駄ですから!」
「わかってますって」
そうは言いつつ不敵な笑顔を浮かべるシャルルに、女神はあり得ないぐらい苛立った顔を向けた。
「あの……女神様……キャラ、変わりましたか?」
アヤトの表情が引きつる。さっきまでの堂々とした態度はどこへやら。彼がこのウルファジムに抱く世界観を壊してしまったことに、シャルルはほんの少しだけ申し訳なさを覚えた。




