第010話「こちらはボルグニルさん。製造神です(後編)」
尾本と女神のやり取りを聞いていたボルグニルが、腹を抱えて豪快に笑い出す。
「お嬢ちゃんがここまで素の自分を晒しているのは珍しいな。神格が落ちるぞ?」
ボルグニルは一瞬だけ表情を和らげると、「落ちてもいいと、俺は思うけどな」と付け足し、唇を尖らせた女神の頭をぽんぽんとなでた。
「尾本さんと話してたら調子が狂っちゃうんですよ。それより、早いところボルグニルさんに武具を頼んでくさい!」
「はいはい。……さて、魔法のICBM発射スイッチは却下されたから、何を作ってもらえばいいのかな? 何を作ってもらえば、俺にとって有利になる?」
尾本は腕を組むと、真剣な表情で考え込む。その脳裏には、これまでの神々とのやり取りや、ボルグニルの作品図録が映像となってぐるぐると回る。
「どうにかして抜け道を探そうとしますよね。それぐらい真面目にダイエットも考えてほしいんですけど」
女神は心底あきれたという顔をした。
「どんな物でも作ってやるつもりだがな。ウルファジムで存在が許されない武器や道具は、使った瞬間に世界から拒否されて消滅するぞ?」
ボルグニルは無造作に椅子へ腰を下ろし、考え込むように目を細めた。
「そうなんですか? 存在の判定基準とかは?」
「基準があるのは間違いないけど、私たちにもわからないですね。たとえば、以前にとある英雄が〝姿が消える道具〟をボルグニルさんに頼んだことがあったんですけど――」
「そんなもんもあったな。使用したら数十秒で消滅したっけか」
ボルグニルは不愉快そうに鼻を鳴らし、懐かしそうにうなずいた。
「ふ~ん……魔法ありの世界なら、姿を消すぐらい認めてくれても良さそうなもんだけど」
「でも、この話には続きがあってですね。冒険の末に、その英雄は〝使用者の姿を消す盾〟を見つけたんですよ」
「え? じゃあ、その盾は誰が作ったんです?」
「さあな。この世界ができるより以前に作られた物ということだけはわかるんだが」
「世界ができる前に作られた物って……おかしくないですか?」
尾本は眉をひそめた。その盾は、誰が、どこで作ったのか。
「ちなみに、ですね。その応用で〈認識阻害の魔法〉っていうのが人間の魔術技師たちの手で作られたんですよ。あまりにも便利なんで、神である私たちも使わせてもらってますけど……」
「なるほど。リバース・エンジニアリングみたいなもんか。この世界の技術屋って凄いな」
「それと、勇者アヤトが使っている〝星詠みの剣〟も、この世界が生まれる前に作られた物なんです」
「それって、どんな剣なんですか?」
ボルグニルは眉間に皺を寄せて唸る。
「アヤトが言うには〝導かれてる気がする〟らしいな。切れ味は普通だ。実物を触らせてもらったことがあるんだが……材質も含めて、俺にもさっぱりわからん。刻まれている文字も解読不能だ」
尾本は腕を組み、ぼんやりと考え込む。
「神様にもわからない武器や道具……それどころか、技術や素材まで存在するなんて、どういうことだろう?」
「さあな。ちなみに、自分で言うのは好きじゃないんだが――
俺が作った武器や道具を〈神器〉というのに対し、それら未知の武具のことは〈星異物〉と呼ばれている。この世界、この星の理から外れた異物……って意味なんだとさ」
ボルグニルがおどけたように肩をすくめると、女神が楽しげに微笑みながら話を継ぐ。
「そのうち、尾本さんも星異物に関わることもあるかもしれませんね」
「それがきっかけで、厄介事に巻き込まれないといいんですけどねえ……」
「フラグになってますよ、それ?」
「やめてくださいよ。……さて、話を戻しましょうか。俺がイメージした物を、ボルグニルさんが作り出せるんですか? ここに来る前に、女神様からは『イメージしろ』って言われたんですけど」
「そうだな。さっきお嬢ちゃんが俺の作品の図録を尾本の脳に送った時に、俺と尾本の間に道が通ったみたいだ。ただイメージしてくれるだけでいい」
「作るのにかかる時間は?」
ボルグニルは壁を指差す。尾本が視線で追うと、壁には鈴なりの時計があった。それぞれ異なる速度で時を刻み、秒針が猛スピードで回る物もあれば、ゆっくりと秒針を刻む物もある。
「この工房の時間は、ちょっと特殊でな。他の世界とは違う流れになっている。まあ、何というか――」
ボルグニルは肩をすくめ、時計を見つめた。
「尾本にとっては、一瞬で手元に物が届く感じになるだろうな」
「なんと便利な……!」
「さてさて、それより仕事に取りかかろう」
ボルグニルが手を叩くと、工房の空気が一変した。
淡い光が室内を包み、まるで無数の星々が瞬くように揺れる。遠くから金属を叩く音が聞こえる錯覚さえ覚えた。
「尾本、おまえは何を望む? どんな武器が必要だ? それとも道具がいいか?」
尾本は目を閉じ、何事か必死に呟く。ボルグニルも目を閉じ、尾本のイメージを感じ取る。そして、怪訝そうにボルグニルは首をひねり――にやりと笑った。
「こいつはいい! 尾本は面白いな! こりゃあ、忙しくなるぞ!」
工房に豪快な笑い声が響き渡る。
「ちょっと……ボルグニルさんに何を作らせようとしてるんです?」
女神が眉をひそめる。尾本は唇に人差し指を当て、いたずらっぽく笑った。
「今は秘密! それじゃあ、ボルグニルさん、よろしくお願いしますね」
「よし、早速取り掛かるんで工房を出てくれ。尾本が作った勇者アバターに最初から装備させておく」
古びた戸棚を開け、ボルグニルは年季の入った裁縫箱を取り出す。中には金色の針や色とりどりの糸が詰まっていた。
「はい。それではお願いします。追加の発注はまた後ほどイメージで送りますんで」
「だから1個だけって言ったでしょ!」
女神が即座にツッコむ。
「わかってますって。1個だけ、1個だけ」
尾本は軽く手を振り、そそくさと工房の出口へ向かう。ボルグニルが金色に輝く針を手に取り、白い糸を通すのを横目で見ながら、ふたりは工房を後にした。




