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第009話「これが異世界ウルファジムなのか(後編)」


「おお。すげえ星空!」


 尾本は、頭上に広がる無数の星々の瞬きに、思わず息をのんだ。

 視界の限りに広がる草原は、女神フェルネスが手に持った燭台のほのかな炎と星明かりに照らされている。地面がなかったら、まるで宇宙に浮かんでいるかのような錯覚に陥りそうだった。


 目を凝らすと、星々が細い光の線で結ばれ、夜空に巨大な蠍の形を描いていた。その形をなぞるように、透明なガラス細工のような蠍の輪郭が浮かび上がっている。星の光を受けて青白くきらめき、まるで光そのものが形を成した彫刻のようだ。

 尾本は思わず喉を鳴らした。こういった異質さのひとつひとつが、ここが異世界なのだと実感させる。


「これが異世界ウルファジムなのか……」


「ここはまだウルファジムではありませんよ。よくある星空と草原の世界です」


 女神は静かに微笑みながら言う。金色に輝く長い髪が星明かりに照らされ、純白のローブが夜風にそよいだ。


「よくある……かなあ?」


 もう一度、蠍座に目を凝らした。神秘的というより、むしろ恐怖を感じる。


「ここは尾本さんの世界とウルファジムの狭間にある空間なんですよ。名前もない太古の空間です」


「なるほど。わからん」


「さて、それでは改めて異世界でのルールを説明しますね」


 もはや完全に慣れてしまったのか、尾本の軽口を軽く無視して女神は話を続ける。 


「現在の尾本さんの体重【81.6kg】を基準に、それを下回るごとに新しいスキルが解放される仕組みです。例えば、80kgまで落とせば『乗馬スキル』、79kgで『剣術スキル』、78kgで『超加速』……という感じで、次々と使えるスキルが増えていきます。これらは朝の測定時の体重で判定しますね。具体的なスキルの詳細については、こちらの資料を読んでおいてください」


 そう言って、1枚の紙を差し出す。


「ほほう。こいつはおもしろい。77kg『曲芸スキル』、76kg『武器への魔力付与』、75kg『超反応:回避』……ふむふむ」


「今日はお試しということで、75kgまでのスキルをすべて解放しておきますね。私の神対応に感謝してください……神だけに」


 女神はニヤリと笑う。尾本が「また言ってるよ」とツッコむと、女神はひとつ大きな咳払いをした。


「具体的なスキルの詳細については、後で脳に直接送りますね」


 女神の言う『脳に直接』という、なんとも不穏なキーワードにツッコむべきか悩むところだが、それはそれとして、どうも説明が雑な気もする。渡されたスキル一覧も、ただスキル名が羅列されているだけで、どんなものか書かれていないし。


「疲れているように見えますけど、どうかしました?」


 尋ねると、女神はがっくりと肩を落とし、ため息混じりにぼそぼそと話し始めた。


「……課題が終わりませんでした。専門的なことを学ぶために大学に入ったのに、一般教養科目って必要なんですか? なんなんですか、文化人類学の手書きのレポート提出って?」


 尾本に向けられた恨めしそうな目には、うっすら涙も浮かんでいる。そこまできつい課題が出たのか。


「しかも、来週月曜から中間テストなんです。座学なら、まだなんとかなりそうですけど、実技とか、どうしろと? キャベツの千切りを数日でマスターしろと? 私、圧倒的に不利じゃないですか!」


「それを俺に言われましても……」


 女神は指先でローブの端をいじりながら鼻をすする。


「実は……良かれと思って前期に履修可能な授業を全部時間割に入れてしまって……」


 女神の言葉に、尾本は大学時代を思い出す。

 大学では、シラバスという授業ごとの説明書をもとに、学生自身が受講する授業を選び時間割を作成する。そして、授業が重ならないように調整し、最終的に大学のシステムに登録するのだ。

 この時、必修科目という「卒業に必要な授業」がある一方で、「そこまでして受けなくてもいい授業」も存在する。尾本の学生時代にも、時間割が空いているからといって無理に授業を詰め込んだ結果、テスト期間に泣きを見る新入生が数人はいたものだが――今の時代でも、まだいるのか。


「うわ~ やっちゃった~! ご愁傷さま。でも、最終目的は管理栄養士でしたっけ? そこそこ手を抜く事も必要なんじゃないかな? 社畜の俺が言うのも変だけど」


「そうなんですけどね。でも、返済不要の学内奨学金をもらってるんで、GPA3.0以上ないとダメなんです」


 そういうと、女神はふんふんと鼻をすする。

 GPA(Grade Point Average)とは、大学の科目ごとの成績を数値化したものである。例えば、成績Aが4.0、Bが3.0といった形でポイントが割り当てられ、その平均を算出する。そして、GPA3.0は一般的に良好な成績とされ、大学によっては上位30%に入る場合もある。


「今はきついでしょうけど、フル単できたら後から楽になるからさ。ドンマイ!」


 フル単とは、履修登録したすべての科目で単位を取得することを指す。大学ごとに設定された卒業単位数があり、必修科目だけを修了しても卒業できるとは限らない。卒業間近に単位不足で焦るより、先に単位を取得しておくのは賢明だ。


 とくに彼女のように大学在学中に管理栄養士国家試験に挑むのであれば、4年生の終わりの時期には国家試験対策に十分な時間を確保できるため、良い選択だと言えなくもない。


「……取り乱しました。ところでペナルティの存在には気がつきましたか?」


「リバウンドしたらスキルが使えなくなる、とか?」


「正解です。私はそんなに甘くないですからね」


 女神は腕を組んでうなずく。


「仕方ないとは言え、スタート時の俺って弱すぎないかな?」


 最初のスキルを手に入れるためには、1.6kgも体重を落とさねばならない。しかも、それをやって手に入るのは乗馬スキルだ。乗馬スキルで戦えと言われても、正直ピンとこない。


「まあ、尾本さんでは戦力不足なのは間違いないですね。尾本さんはともかく、私が選んだ勇者が困るのは不本意です」


「お弁当のこと、まだ根に持ってます?」


「仕方ないですね。尾本さんには特別な武器か道具を用意しましょう」


「お! そいつはありがたい!」


 スキルに関係なく使える武器があるのとないのでは話が違う。

 すると、後はどうすれば自分が有利になるか――


「言っておきますけど、ICBM(大陸間弾道ミサイル)みたいなのはいくらなんでも無理ですよ。せいぜい片手で持てる程度の物をイメージしておいてください」


「じゃあ、魔法のICBM発射スイッチ」


 思わず、女神が転けそうになる。


「もう! どうして抜け道を探そうとするんですか!」


「いや、なんとなく」


 女神は何か言いかけてから、大きなため息をついて口を閉ざした。


「それじゃあ、武器を手に入れに行きますよ」


 女神がランタンを片手に草原を歩きだすと、待ち構えていたかのように年季が入った感じの鉄の扉が現れた。


【あとがき】

「いいかい学生さん。空きコマをな、空きコマを適度に入れなよ……」


 大学1年時、限界まで授業を詰め込んだ結果、中間テスト期間に地獄を見たのは……何を隠そう僕の実体験です。ストレスでじん麻疹が出ました。とくにドイツ語。テメーはダメだ(泣)


 でも、そのおかげで2年生ではバイトや遊びに時間を割けましたし、3〜4年では実習、研究、卒論、就職活動があっても周囲より少しだけ心に余裕が持てた気がします。


 これから大学に入られる皆さんは、どうぞ計画的な履修登録を!

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