第008話「新しい勇者が降りてくる(後編)」
アヤトは小さくなっていく巨人の背中と星詠みの剣を交互に見つめた。
この剣を使いこなすにはまだ実力が足りないのか、それとも自分にあっていないのか……
なんにしても、戦闘でのデメリットの方が多いのなら、いったん封印するという選択肢も考慮すべきかもしれない。
「アヤト殿、ご無事でしたか。安心いたしました。馬上からのご挨拶、失礼いたします」
力強い声とともに、豪快な笑みを浮かべた男が馬上から呼びかけた。国境警備隊の隊長、ライウスだった。陽に焼けた筋肉質の体に、風になびく短髪。彼の朗らかな態度は戦場の緊張感を一瞬だけ和らげる。
「ライウス隊長も無事で何よりです。それと、すみません。敵の指揮官らしき者たちを取り逃がしました」
「何をおっしゃる。アヤト殿ひとりに敵将の足止めを頼らなくてはならない事を恥じるばかりです。責を負うなら自分の方でしょう。なあに、その分の給料はもらってますがね」
ライウスは豪快に笑いながら、馬の上で拳を振り上げた。
「お気遣い痛み入ります。それで、こちらの被害状況は?」
「負傷者は多数ですが、まだ戦えます。しかし……」
ライウスは少し表情を曇らせ、遠くの戦況を見つめた。
「自分の思い過ごしかもしれませんが、ここ一番というタイミングで決まって追撃してこない。
敵が何かを企んでいるような……そんな印象を受けます」
たしかに、さきほどの獅子頭の巨人との戦闘でも、運が良かったというより「見逃してもらった」ような印象が拭えない。
「僕も同感ですね。ところで、さっき僕が戦った相手が気になることを言ってたんです」
「魔物が言葉を?!」
ライウスが大声で驚きの声を上げた。
「獅子の頭をした巨人と踊り子のような姿をした相手でした。それで、その踊り子風の女が言ってたんです。〝新しい勇者が降りてくる〟と」
「新しい勇者様の降臨ですか? 敵はそれを警戒していたんでしょうか?」
「ただ、僕は女神様からそんな話は聞いていなかったんで、ちょっと驚いていますけどね。なんで魔王軍が先にその情報を得ていたのかも気になりますが……何にせよ、その新しい勇者を迎えに行きます。戦う相手が、あの巨人ならふたりがかりじゃないと無理だ!」
ライウスは馬を降り、アヤトの肩を豪快に叩いた。
「でしたら、自分の馬を使ってください」
ライウスは手綱を渡すと剣を抜き、近くの敵陣に向かって駆け出した。
「それではアヤト殿。どうぞ、ご武運を!」
「ライウス隊長も!」
素早く馬にまたがったアヤトは、膝で馬体を挟んだ。馬の耳が僅かに動き、アヤトの指示に鋭く反応した。瞬く間に蹄が荒野を蹴り、風が頬をかすめる。戦場の喧騒の中、馬の蹄が荒野を蹴る音だけが耳に心地よく響いた。
アヤトは馬を走らせながら、これまでの出来事を思い返した。高校入学時に女神によって召喚され、異世界の戦場を駆け抜けてきた日々。日本では1年と3カ月、異世界ではおよそ2年半。果たして自分は、この世界の平和を本当に守ることができるのか。不安ばかりが募る。
敵の正体も、彼らが人類を襲う理由もいまだに不明。肝心の魔王にいたっては、その姿を見たことがない。噂によると、いちおうは人の姿をしているらしいが。
そして、最近になって連絡が取れなくなった女神のことも気がかりだった。彼女の儚げな笑みが脳裏をよぎる。新しい勇者を迎えに行っていたからなのだろうか……どうして、魔王軍は、あの踊り子は、新しい勇者の降臨を知ることができたのか?
突如、アヤトの前に敵が立ちはだかった。黒々とした瞳がギラついて、鋭い牙を剥きながら唸り声を上げる。中型犬ほどの大きさのそれは、全身を覆う被毛の間から硬質な筋肉を覗かせ、手には槍や剣などの武器を握っていた。二足で動きながら、群れを成して包囲しようとする様子は、ただの獣ではない恐ろしさを感じさせた。まさに〝犬頭の小人〟といった風貌だ。
「邪魔をするな!」
アヤトは手綱を強く握り直し、前方の敵へと馬を突進させた。
「必ず、この世界を救ってみせる」
――そして、女神の笑顔を取り戻す!




