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第007話「まあ、分かっていましたけどね(後編)」

 昼休み――

 開発室は相変わらず雑然としていた。デスクの上にはコードが書かれたメモや未開封のエナジードリンクが散乱し、空調の低い唸り音だけが静かに響いていた。

 尾本は、バックパックから白くて無機質なプラスチックの弁当箱を取り出すと、それを天高く掲げる。


「そんなわけで、こちらが女神特製のお弁当になります!」


 尾本の言葉に、広瀬は眉をひそめる。


「マジだったんスか? まあ、先輩が自分でお弁当を作るとは思えないし、マジなのか?」


 浮かれていた尾本だったが、弁当箱の小ささと軽さに気づき、ふと我に返る。


「しかし、量が少なそうだな。後でコンビニ行って何か買うか?」


「いや、そんなことしたら奥さんが怒ると思うっスよ」


 広瀬が指でバツマークを作る。


「女神だっつーの。まあ、お腹が空いたら缶コーヒーとエナドリでごまかすか、広瀬ボックスに頼るか」


 言われた広瀬はデスク下の引き出しを開け、中を確認する。


「広瀬ボックスの中身は、昨日でほとんど食べ尽くしちゃいましたからね。残ってるのは……緑の奴が1個とカ◯リーメイトのプレーンが2個、それに先輩が苦手な羊羹シリーズぐらいっスね。それと、天然の塩」


「なんで塩?」


 広瀬は呆れたように肩を竦めた。


「半年前にサーバーが立て続けに逝った時に、『開発室に盛り塩する!』って大騒ぎしたのは先輩じゃないっスか。もう忘れたんスか?」


 それを聞いた尾本は、露骨に顔をしかめた。


「忌まわしい記憶すぎて、脳から消してたわ……そんなこともあったな」


 半年前は、地獄だった。社内サーバーが立て続けにダウンし、バックアップごとデータが壊れた。あの時ばかりはさすがに死を覚悟した。修復作業に追われ、連日の徹夜で意識も朦朧。缶コーヒーが山を成し、胃液は逆流。そんな中、藁にもすがる思いで盛り塩をしてみたところ、なぜか穏やかな日々が戻った(気がする)。

 それ以来、気づけば神頼みが日常になっていた。今では、データの衝突事故(コリジョン)を避けるために「交通安全」の御札までサーバーに貼っている。最近では御神体として算盤を神棚に祀り、ペンライトを振ってヲタ芸で神楽を舞うほどの熱心さだ。……広瀬がいない時にしかやらないが。


 思えば、『女神』の存在をあっさり受け入れ、その神の願いに全力で協力しようと決めたのも、あの絶望的な日々を神頼みで乗り越えたからかもしれない――尾本は今さらのように思い返した。


「女神様からさんざん怒られたばかりだからな。緑の奴はやめておくか。……カロリーメ◯トはダイエット的にいいのかな?」


 尾本は広瀬ボックスからカ◯リーメイトを取り出しながら言った。


「カロリー◯イトって、カロリーのメイトですよね? 言うなれば、カロリーのお友達?」


「そう言われちゃうと、お友達から同級生(クラスメイト)程度には格下げしたくなるな。チーズ味とか、めっちゃ好きだけど」


「私は美味しいから食べるっスけどね。栄養もあるし」


「う~ん……いったん保留で」


 尾本はカロリーメ◯トをそっと広瀬ボックスの中に戻す。


「あとは羊羹っスね」


「羊羹か……苦手なんだよなあ。これも保留で」


「あとは隠れて開発室で宴会やった時のスルメと、冷蔵庫の中に干し芋が入ってるっス」


 なぜか開発室にある小型冷蔵庫を、広瀬が指差す。


「羊羹とか干し芋とか、広瀬のオヤツのチョイスはいつも渋いな」


「私、おじいちゃんっ子だったんで……それよりどうします?」


 尾本はしばし考え込むように天井を見上げた。


「今のところ、スルメか干し芋かなあ?」


「それより愛妻弁当を先にいただいた方がいいんじゃないっスかね?」


「《《女神弁当》》な。まあ、確かにそうだ。食べる前から空腹の心配はよくないし、何より作ってくれた人に失礼だ」


 尾本は弁当箱の蓋に手を伸ばす。


「先輩、先輩! お弁当の中身を見せてもらっていいっスか?」


「え? いいけど」


「ハート型のソボロとか桜でんぶとか入ってたりして~」


 広瀬がニヤニヤと笑う。


「こらこら、女神様に失礼だからやめなさい……って、これは?」


 四角いお弁当箱はマス目状に区切られ、あらゆる食材のおかずが配置されてる。しかも、なぜかカットも四角。効率よく並んでいるのはわかるが、よく言えば食べられる食材サンプル。悪く言えば工業製品のようだ。


「個性的っスね、女神弁当……真っ先に思いついた単語は『ディストピア』だったっス」


 尾本は怪訝そうに首を傾げ、四角くカットされた白い〝何か〟を慎重に口の中へ運ぶ。


「……お味はどうっスか?」


「う~む……これは里芋か? 不味くはないけど、数年前に盲腸で入院した時の事を思い出すなあ」


「お塩どうぞ」


 広瀬は天然塩の入った小瓶を取り出し、弁当の上にパラパラと振りかけた。

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