第131話「よし! そのまま進め! ゴブリンども!」
ゴルテールはヴェロークの背中から振り返り、地平線の向こうから迫る騎兵隊を見て顔を歪めた。
「……何なんだ、あの騎兵隊は?」
槍を掲げた騎兵たちは、息の合った動きで一直線にゴブリンの群れへと突撃してくる。だが、ゴルテールの目を引いたのは、その先頭に立つ者だった。
「メイド、だと?」
黒い馬にまたがった若いメイドが、風になびくスカート――いや、ズボン?を翻しながら、見事な騎乗技術で突き進んでいた。しかも手には……見間違いでなければランス。
「なんでメイドが!?」
戦場とは無縁の存在であるはずのメイドが、堂々と騎兵の先頭に立ち、ゴブリンたちを次々と光の塵へと変えていく。彼女の槍が突き出されるたび、確実にゴブリンの体を貫き、弾き飛ばされる者たちが悲鳴と共に青白い光へと散る。
「くそっ、裏工作はどうなってやがる……!」
守備隊の主戦力は、上層部の裏工作により本国に引き揚げさせたはずだった。オルティリスの街に残っているのは、烏合の衆――そのはずだった。だが、目の前の光景は、そんなゴルテールの思惑をあざ笑うかのように、信じがたい秩序を持ってゴブリンの群れに喰らいついてくる。
騎兵の先頭を駆けるメイドの背後からは、隻眼の男らしき影が鋭く続く。馬を巧みに操りながら、長剣を振るい、確実にゴブリンを切り伏せていく。その後方では、騎兵たちが一糸乱れぬ隊列を組み、進軍しながらゴブリンの群れを着実に蹴散らしていた。
「何なんだ、こいつら?」
目の前の戦場は、ゴルテールの想定を遥かに超えていた。
「駄目だ。さっぱり分からねえ!」
騎兵たちの突撃により、ゴブリンの群れは左右に散り散りになりながらも、必死に反撃の態勢を整えようとする。しかし、しんがりを務める弓兵が馬上から素早く矢を放ち、反撃態勢を取ろうとするゴブリンたちの動きをことごとく封じている。それでもなお、手にした槍で騎兵に襲いかかろうとするゴブリンもいた。しかし、その瞬間、馬を駆る若い剣士がするりと前に躍り出る。迷いなく振るわれた剣が、正確にゴブリンの動きを断ち切った。剣士の表情は涼しげで、百対十数騎という圧倒的な戦力差を、まるで気にも留めていないように見える。
「動きがよすぎる! どうなってんだよ!」
落雷のような音が響き渡り、ゴルテールは思わず空を見上げた。そこには、光の翼を広げて空を舞う少女の姿があった。続いて、地上を駆ける猫のぬいぐるみも爆音を鳴らす。ふたりは、火を吹く鉄の筒を次々と操り、淡々とゴブリンを青白い光の花へと変えていった。
「それに、何なんだよ! お前らはっ! 何なんだよ、その武器は?! 絶対に魔法じゃねえだろ、それ!」
ゴルテールが目を凝らすと、少女は使い終えた鉄の筒を無造作に投げ捨てた。そして、マントの中から同じものを取り出し、再び発砲する。まるで質量という概念を無視しているかのような光景に、戦場であることを忘れ、思わず呆然とする。ゴルテールの研究者としての好奇心が疼いた。この不可解な鉄の筒を回収し、調べたいという衝動に駆られる。だが、その願いも虚しく、投げ捨てられた鉄の筒は地面に落ちる前に青白い光の塵となって消えていくのだった。
ゴルテールの操るヴェロークが、低く唸り声を上げた。何かを警告するようなその鳴き声に、ゴルテールは顔を上げる。視線の先、ついにフルラナンツ村の姿が見えてきた。遠目にも分かるほど、青ざめた表情を浮かべた若い守備兵が四人。その中にひとり、年老いた士官が毅然と立っている。その光景を目にした瞬間、ゴルテールの内に渦巻いていた焦りがすっと引いていった。
「……なるほどな」
フルラナンツ村は小さな集落だ。その周囲は浅い堀と木造の塀でぐるりと囲まれ、守りの意図は明らかだった。少人数の守備隊でも、村の唯一の出入り口を防げば、ある程度の防衛は可能だろう。ゴルテールはその程度の戦略を見抜くことができた。
彼は背後を振り返る。騎兵の突撃を受けたゴブリンの群れは、混乱を見せつつも、アルバベールの首輪の影響により前進を続けていた。それどころか、突撃の衝撃を受けて分裂しながらも、それぞれが正確にフルラナンツ村への進路を保っている。
「よし! そのまま進め! ゴブリンども!」
ゴルテールは笑みを浮かべ、再び前方に視線を戻した。
「た、隊長! 敵が突っ込んできます!」
フルラナンツ村の守備兵の震える声が耳に入る。
「怯むな! 敵はひとりだ! 臆することはない!」
老士官が檄を飛ばす。守備隊はすぐに防御陣形を整えると、半身を隠せる巨大な長方形の盾を前に押し出し、長槍を構えた。まさに教本通りの陣形だった。ゴルテールはその様子に嘲るような笑みを浮かべた。
「教科書通りってか、感心なこった!」
そう呟くと、ヴェロークの手綱を引き、守備隊の目前で突進する素振りを見せ――槍の届くぎりぎりの位置で鋭く方向転換し、そのまま堀に沿ってヴェロークを疾走させた。
「に、逃げたぞ!」
兵士のひとりが驚きの後、ほっとした表情を浮かべる。だが、彼らの視線は迷い、重たい盾と長い槍をどちらに向けるべきか判断がつかないようだった。
「逃げる敵に構うな! 眼の前のゴブリンどもに集中せい!」
老士官が鋭く指示を飛ばし、部隊の注意をゴブリンの群れに戻させる。
――よし! こいつらは思ったとおりの素人だ!
ゴルテールはほくそ笑みながらヴェロークを駆り、村の外周を一気に駆け抜ける。そして、手頃な高さの家屋を見つけると、手にしていたアルバベールの首輪に魔力を込め、それを屋根に向かって放り投げた。首輪は壊れており、使用者の手から離れた時点でどれだけ効果が持続するかは分からない。だが、これでゴブリンたちを村の内部に誘導できる可能性はある。少なくとも、今はその可能性に懸けるしかなかった。最悪、首輪の効果が切れたとしても、自分が悠々と逃げられるだけの混乱は作り出せた。
「それじゃあ、次の仕事だな。最低限、首輪の効果測定をしねえと、俺の進退に関わる」
ゴルテールは村に隣接する果樹園を見つけると、ヴェロークの手綱を操り、その暗がりへと駆けた。果樹園の入り口に差し掛かり、背後の戦場へ視線を戻す。ゴブリンの群れは混乱しながらも、村へ向かっているのが確認できる。どうやら、アルバベールの首輪はまだ機能しているようだ。
「よし、上出来だ……」
呟くと、果樹園の奥へと進み、枝葉の隙間を縫うように駆け抜けた。やがて、鬱蒼とした木々に包まれた暗がりへと進むと、ヴェロークを静かに停止させる。そのまま果樹の影に紛れ、闇に溶け込むように息を殺し、じっと戦況の変化を観測し始めた。




