第130話「全騎、俺に続け!!」
レオフォルトは馬上から遠くを睨む。曇天の下、黄金色の麦畑が地平線まで広がっている。その中を揺れるように進むゴブリンの群れが見えた。その数、およそ百。
対して、十四騎の騎兵隊が、レオフォルトの指揮のもと整然と進軍している。彼のすぐ後ろには、ランスを構えた武装メイドが一騎、鋭い視線を前方に向けて続いていた。そのさらに後方にはエンサリア共和国軍守備隊の騎兵十騎が、肩を張り詰めながらも堂々と進む。最後尾には勇者アヤトと弓を背負ったエリサが控えていた。アヤトは手綱を軽く引き、馬上で無駄のない動きを見せている。その表情には焦りの色はなく、むしろ穏やかさが漂い、見る者に安心感を与えた。エリサはレオフォルトと同じ傭兵隊「銀翼の鷲」の一員であり、その弓の腕は確かだ。時折、彼女が見せる柔らかな微笑みが、緊張した騎兵たちの顔から硬さを和らげていた。ふたりが作り出す穏やかな空気が、隊全体に安定感をもたらしている。
レオフォルトは隊列を眺めながら、先ほどのやり取りを思い返していた。
* * *
アルバートとの再会も束の間。レオフォルトは、自分に助けを求めてきた銀髪の少女がメイドに抱きかかえられているのを確認し、深く息をついた。胸の奥に絡みついていた不安が、わずかにほぐれていくのを感じる。どうやら、ラズリオが彼女を救い出してくれていたらしい。「これは、良い酒を奢らねばな」と心の中で苦笑する。
だが、今はそれどころではない。目の前に迫る新たな危機が、否応なく意識を戦場の現実へと引き戻していった。
「レオフォルト殿、元アルヴァリス王国騎兵隊隊長であった時の貴殿の腕を借りたい。フルラナンツ村を救ってくれ!」
ア ルバートの真剣な表情を見た瞬間、全てを悟った。それ以上の言葉は必要なかった。レオフォルトは静かに頷き、若いエンサリア共和国の兵士たちの顔を見渡す。その表情に浮かぶのは、不安だけではない。「元アルヴァリス王国騎兵隊隊長」という肩書きへの嫌悪と恐怖が、彼らの瞳に影を落としている。
特に騎兵たち――彼らの動揺が、守備隊全体の士気を下げているとレオフォルトは判断する。先陣を切ることへの恐怖心が、彼らを押しつぶしているのだろう。馬上から騎兵たちの顔をひとりひとり見つめていく。眼光に負けたのか、目を逸らす者も多い。
――このままでは戦えない。
レオフォルトはそう確信すると、腹の底から声を張り上げた。
「俺は、元アルヴァリス王国騎兵隊隊長レオフォルト・ヴァルシアだ!」
その気迫に驚いたのか、守備隊の騎兵たちがびくりと肩を震わせた。そして、全ての騎兵たちの視線が、自分に集まったことを確認し、レオフォルトは言葉を続ける。
「俺はかつて、戦場で幾度もエンサリア共和国の騎兵と剣を交えた。その時、俺は知った。エンサリアの騎兵は、ただ馬を駆るだけの兵ではないと――」
その言葉に、騎兵たちは驚いたように顔を見合わせる。
「俺の左目を奪ったのも、そんな誇り高いエンサリア騎兵だった。今でも忘れはしない……あの鋭い槍捌き、敵を貫く意志の強さを!
だからこそ、今ここでお前たちと同じ戦列を共にし、轡を並べ、同じ戦場で戦えることを、俺は誇りに思う!」
騎兵たちの視線が、レオフォルトの左目の眼帯に集まる。それが嘘ではないと、誰もが息を呑んだ。
「よく見ろ! ゴブリンどもの群れを……烏合の衆だ!
奴らには戦う理由もない。誇りもない。
だが、お前たちは違う! 弱き者を守るという理由がある! 兵士としての誇りがある!
街の人々、家族、隣に立つ友を守れ! お前たちにはそれを成すだけの力がある! 強さがある!」
兵士たちが隣に立つ仲間と顔を見合わせ、照れたような笑顔を見せあう。
「俺は知っている。守る者がいるエンサリアの兵士の強さを!
だから信じている。お前たちひとりひとりの強さを!
お前たちが愛する者を、街を、国を、この世界を、たとえ最後のひとりになろうとも守りぬけ!
お前ならできる! お前たちにしかできん!」
次の瞬間、騎兵たちが息を合わせたように槍を掲げ、天を突くように突き上げた。
「守るぞ、フルラナンツ村を!」
「負けてたまるか!」
「俺ならできる!」
「俺達にしかできん!」
大気を震わす雄叫びが曇天を引き裂くように響き渡り、馬のいななきがその熱気をさらに煽る。足元の麦が風に揺れ、馬蹄が地を叩くたび、大地が唸るように震えた。
「誇り高きエンサリアの騎兵たちよ、槍を構えろ!
この突撃を、お前たちの誇りを、この大陸の歴史に刻み込むぞ!」
レオフォルトの叫びと同時に、馬蹄が地を叩き、振動が広がる。槍の切っ先が陽炎のように揺らめき、鋭い光を放つ。
「全騎、俺に続け!!」
騎兵たちは雄叫びをあげ、ひとつの矢となってゴブリンの群れへと放たれた。
* * *
「レオフォルト様、目標を捉えました」
黒髪をシニヨンにまとめた若い武装メイド――メルレーンが控えめに声をかける。胸部を覆う軽装鎧には、突撃時にランスを固定させるための受け具「ランス・レスト」が取り付けられていた。メルレーンは自身の鎧に固定されたランスを確認し、穏やかな笑みを浮かべながら、レオフォルトに尋ねる。
「先陣、私にお任せいただけますか?」
改めて気づかされたのは、彼女のメイド服がスカートのように見えるが、実際には騎馬用のズボンとしてカスタムされていることだ。平時から騎馬戦を意識しているのだろうか――そう思ったレオフォルトは、感心しつつ苦笑を漏らす。
「任せた!」
一言応じると、メルレーンの目が鋭さを帯び、身を低く構えた。
「メイド長、メルレーン・レスティス! 一番槍、いただきます!」
次の瞬間には、黒髪、黒いメイド服、黒い馬――全てが一体となり、まるで黒い疾風そのもののようにゴブリンの群れへ突撃していく。以前にアルバートから聞いた「銀の鷲亭の従業員は、ロイヤルガードの誇りを持つ」という言葉の意味が、今ようやく腑に落ちた。頼もしいと思えるのも当然だ。あれは、ロイヤルガードそのものではないか。
疾走する黒い疾風がゴブリンの群れに迫る中、後続の騎兵たちも槍を構えた。全てが動き出す、その瞬間が迫っていた。




