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TS猫耳銃士戦記~俺が痩せれば魔王も倒せるらしい~  作者: 頑田むぅ
第二章『アルバベールの首輪』
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第125話「守れるか守れないかじゃない。守るんだよ!」

 薄曇りの空が広がる中、物見櫓を駆け上った守備隊長エリオットは、荒い息を整えようと深く息を吸った。

 齢六十を迎えようとしている今、鎧をまとったまま走り回るのはこたえる。かつては軽やかに登ったはしごも、今では一段ごとに足を引き上げるのが精一杯だ。


 ――退官まであと僅か。


 その日が来るまでは、こうして物見櫓に登るのは自分の意地だと決めていた。だが今回は違う。遠くオルティリスの街から響く警報のラッパが、彼を駆けさせたのだ。村人たちが不安の声を上げる中、彼は無意識のうちに物見櫓へと向かっていた。


 フルラナンツ村は、オルティリスの街から南西に三キロ離れた小さな農業集落だ。川沿いには果樹園と加工場が広がり、そこから運ばれるフルーツはオルティリスの市場を支えている。普段なら穏やかな景色だが、今日は違った。

 物見櫓の上から見渡すと、金色に広がる麦畑の向こうにオルティリスの街が視界いっぱいに広がっていた。

 しかし、城門周辺は騒然としている。風に乗って警報のラッパが響き、鐘の音が繰り返し鳴り響く。


「……何が起こっている?」


 エリオットは眉をひそめ、腰の望遠鏡を取り出した。その瞬間、遠くで爆発音が轟き、物見櫓がわずかに揺れる。心臓が跳ね、嫌な汗が背を伝った。


 城門の上には、赤旗に白線二本、黒旗に白線一本、黄色い斜線が描かれた青旗も掲げられている。その意味は、魔物の襲撃、住民への避難指示。つまり、緊急事態だ。


 望遠鏡を覗くと、麦畑の向こうに無数の影が蠢いていた。ゴブリンの群れ――その数はざっと百は下らない。しかも、その動きから、オルティリスへの進行を諦め、こちらに向かってきているのは明らかだった。


「よりによって、俺が巡回班を指揮している時に……」


 遅れて物見櫓へと登ってきた巡回班の兵士の一人が不安そうに声を漏らす。


「隊長、どうしましょう?」

「どうするもこうするもない!」


 エリオットは低く言い放つと、物見櫓を降りて村の中央に向かった。


「警報の鐘を鳴らせ! 全員、持ち場に着け! 村を守るんだ!」


 警報の鐘が村中に響き渡ると、住民たちが一斉に家から顔を覗かせた。幼い子どもを抱えた母親、農作業を終えたばかりの老人――どの顔にも、不安と恐怖の色が浮かんでいる。鐘の音が告げるものは明らかだ。平穏を揺るがす危機が、この静かな村に迫っている。


「隊長、五人だけでこの村を守れるんでしょうか……?」


 巡回班の兵士の一人が小声で呟いた。それを聞いたエリオットは足を止め、振り返る。あどけなさの残る、まだ少年といった感じの男だった。その震える手に握られた槍は、ただの棒切れのように頼りなく見える。


「守れるか守れないかじゃない。守るんだよ!」


 彼はきっぱりとそう言い切ると、村の中心に向かう足を速めた。物見櫓からの一報を受けて集まった巡回班の兵士たちは、それぞれが不安げな面持ちで武器を手にしていた。彼らの持つ槍や剣は丁寧に磨き込まれており、傷も殆ど見当たらない新品だ。逆に言えば実戦訓練の不足がそのまま装備にも表れている。村を見守る守備隊としては心許ない戦力だった。そして、自分を入れても兵士は全部で五名。「守る」とは言ったものの、村全体を守るには確かに心許ない。せめてあと十人いれば――いや、魔法兵が一人でもいれば作戦の立てようもあったのだが。


 そもそも、オルティリスの守備隊本隊は総勢八十人に過ぎない部隊だ。それだけでも心許ないのに、最悪な事に、守備隊が誇る魔法兵二十名と正規兵の大半が全員出払っている。つい先日、上層部からの唐突な命令で、共和国軍の大規模演習に強引に駆り出されたのだ。この地域の防衛の穴をあけるようなその判断に、忘れかけていた苛立ちが再燃する。


 そして、さらに悪いことは重なる。オルティリスに残してきた本隊指揮を任せたのは、新人士官だ。軍学校を出たばかりの青二才で、書類上の優秀さだけが頼りだった。「良い経験になる」などと軽い気持ちで預けたのが間違いだった。いくらオルティリスが平和だったとはいえ、見事に全てが裏目に出るとは……

 ここまでくると最初から全て仕組まれていたのではないか――そんな疑念すら頭をもたげる。


 エリオットは足を止め、深く息を吐いた。警報の鐘が途切れた村には、一瞬だけ静寂が訪れる。だがその静けさの中には、不安と恐怖が満ちているのが分かった。視線を遠くの地平線に向け、腰の望遠鏡を持ち上げた。


 麦畑の向こうで蠢く無数の影――それはやはりゴブリンの群れだった。その先頭を走るのは、異様に目立つひとつの赤い影。鮮やかで滑らかな赤い体をしており、竜のように長い首を揺らしながら群れを先導している。よく見ると、その背中には手綱を掴んだ人物が腰掛けていた。フードが深く被られ、顔はほとんど見えないが、不気味な威圧感を漂わせている。


 思わず、エリオットは眉をひそめた。


「……あれは魔物なのか? 人間に見えるが?」


 風に乗って低く濁った咆哮が響き渡る。それは地面を震わせるような振動を伴い、ゴブリンたちの蠢く足音と混ざり合っていた。音は次第に大きくなり、確実に村に迫ってきている。剣の冷たい感触が手に伝わり、エリオットは深く息を吐いた。


「何にせよ……やるしかない」


 呟きながら、エリオットは剣を抜いて、ゆっくりと前へと出た。続く若い兵士たちの顔に、不安と覚悟が入り混じっている。握られた槍は震えているように見えたが、それでも彼らは足を止めない。その背後には、村全体の静寂が広がっていた。


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