第124話「システムエラー、コード: CF-001」
アイリスは今もなお燻り続けるカタストロフィック・フレアの爪痕を凝視し、空中で立ち尽くしていた。
「ちょっと、アイリス! ホントにどうしちゃったの!」
ボンボンが、彼女のおでこを再びつつく。
「痛っ! ちょっ! 分かってっから! フェルっち、落ち着きなってば!」
慌ただしく応じながら、アイリスはようやく我を取り戻す。ゆっくりと地面に降り立つと、小脇に抱えていた男をやや雑に下ろした。
「えっと……ウチはアイリス。赤毛のグシャグシャさんは、誰さん?」
「あ、え……リ、リオーダス、です」
「そんじゃ、リオっち……大丈夫だとは思うけど、さっさと街の中に逃げて。
ウチは、あの気持ち悪いピンク野郎から女の子を助け出してくっから――」
リオーダスの返事を待たず、アイリスは走り出した。
銀色の胸当て――星異物『流星の翼』の効果により、背中から光る二枚の補助翼が現れる。同時に、大地を駆ける速度が上がった。解析はまだ終わっていないが、だいたいの仕組みは掴めてきた。
さらに光の主翼を追加で二枚出現させると、アイリスは低空を滑るように飛んだ。
目指すは、ラズリオ。
――あいつは、絶対に、許さない!
アイリスの殺気に反応したのか、ラズリオが驚いた表情でこちらを振り向いた。
「誰! あなた?!」
すれ違いざま、アイリスは自分の本体――星詠みの剣を鞘から一閃する。
鋭い刃先がピンクの甲冑の脇腹をかすめ、火花を散らしたが、深く切り裂くには至らなかった。
「クソッ!」
第一スキル【先読み】が使えないもどかしさが全身を苛む。
今の一撃は絶好の好機だった――それを躱されてしまうなんて。
――二の太刀が通じるか?
アイリスは主翼を畳んで足を踏ん張り、大地を滑る。靴底が土を削り、砂煙が舞い上がった。
その勢いを殺さず二本の足で大地を駆ける。補助翼を使いながら強引に曲がると、主翼を展開。大地を蹴って低空を滑るように飛ぶ。
「なんでインテリジェンスソード・サーティーンを持ってんのよ、この小娘!
それと、ペクトラルアーマー・イレブンまで! 何?! 何なの、これ?!
今日って、星異物祭り開催中?!」
「ふっっっざけんな、ラズリオ!! それと、ウチをサーティーンって呼ぶなあ!!」
アイリスが怒声を上げる。激しい憤りと殺意を込めた一撃は、またもや躱された。
「ひょっとして、あなたサーティーン本体? なんで、受肉してんのよ!
そんな仕様、ナイトメア・システムには組み込まれてないでしょ!」
「うっさい! 黙れ! あんただけは、絶対にウチが倒す!」
大地を蹴ってターンしたアイリスの背中に、さらに二枚の補助翼が出現した。
合計六枚となった光の翼が激しく震え、背後の光を圧縮させる。
その振動が周囲の空気を震わせ、翼からあふれ出た光の粒子を撒き散らし、地面に風圧を生じさせていく。
「ちょ、ちょっと! 誰が敵なのか、ちゃんと見定めなさいよ!
私を殺さないといけないっていう、あなたの任務はもう終わりなの!
今はゴブリンを何とかするのと、この女の子を保護するのが先――!」
「ウチにトラウマを植え付けたあんただけは、絶対に! 絶対にぃぃぃ!!」
アイリスの背後で空気が爆発する重低音が響いた。
六枚の光の翼を背負ったアイリスが剣を構え、ラズリオめがけて一直線に飛ぶ――
その瞬間、不意に機械的なアナウンスが割り込んだ。
《警告。正規ユーザーがログインしました》
「はぇあっ?! 何で! 今回はシャルルっちは休みのはずじゃ!」
《システムエラー、コード: CF-001》
「ちょっ! 待って! 今はウチが動いてるってば! 冗談でしょ――!」
アイリスの訴えは虚しく、アナウンスの声がかすれながら状況を報告し続ける。
《コンフリクト発生――
権限……ゴウ……により、アバター……一部機能…停止……》
その瞬間、翼が激しくバチバチと音を立てて光を放ち、アイリスの身体が小刻みに揺れた。
光の翼の何枚かが中途半端に格納され、不自然な角度で固まる。
その瞬間、身体のバランスが大きく崩れ、アイリスの身体は背中から地面に叩きつけられた。
柔らかい土の感触が背中に伝わり、その衝撃で呼吸が一瞬止まる。
滑る感覚と共に、土埃が視界を覆った。全身が重くなり、身体が土に埋まるような感覚が広がっていく。
ようやく動きが止まると、耳にはかすかな砂の音だけが響いていた。
「ちょ、ちょっと、アイリス! 大丈夫?!」
アイリスの側に降り立ったボンボンが、心配そうに彼女の頭をつついた。
「な、なんで、このタイミングで……シャルルっちがログイン?」
《リカバリーモード・スタート。オーバーライド実行――》
泥だらけになったアイリスは、悔しそうに天を見上げた。空が、灰色だ。絶望の色をしている。
「ごめんなさいね、小鳥ちゃん。今のこれって、どういう状況?」
銀色の大鎌を手にしたラズリオが、恐る恐るボンボンに尋ねる。
「あ、えっと……すみません。私にもさっぱり……
ところであなたは一体?」
困惑した様子でボンボンが首を傾げる。
「私はラズリオ。愛と正義、快楽と忘却を司る……通りすがりの、魔法使いのオネェさんよ」
ラズリオがにっこりと微笑むのを見て、ボンボンは再び首を傾げた。
その時、遠くから爆音が轟いた。その中に混じるリュシアンの叫び声が耳に届く。言葉は聞き取れないが、シャルルの名を呼ぶ怒声から、彼が全力でこちらへ向かっているのは明らかだった。
「話したいことは色々とあるけれど、今は落ち着いて話していられる状況じゃなさそうね。
私も新しい用事ができたし、あなたのことは後回しにしておくわ」
ラズリオを刃に乗せた大鎌が、ふわりと宙に浮かぶ。
「それじゃあ、またね。
インテリジェンスソード・サーティーン……その姿も素敵よ」
ラズリオはウインクを残し、ピンク色の残光を宙に細く刻みながら、大鎌に乗って天高く消えていく。
その光の残滓が消えるまで、アイリスは視線を外すことができなかった。
「ウチを、サーティーンって呼ぶなあぁ……ウチは、アイリスだ……」
《リカバリー終了――
完全復旧のため、アバター・シャルルの再起動を実行します。3、2、1――》
意識が徐々に薄れていく。緑の瞳が金色に変わる瞬間、耳に響く機械的な声だけが最後に残った。




