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第006話「いりますよね、エビデンス!(後編)」

「異世界の女神様がこっちでアルバイト? なんか色々と心配になってくるんですけど。ちなみに、何のバイトをしてるんです?」


「これまではコンビニで働いていたんですけど、明日からは在宅のバイトをやるんですよね。これなら通勤時間ゼロです。コスパとタイパは大事。私、効率重視なんです!」


「在宅かあ……言っちゃ悪いけど、あまり手取りはよくなさそうな印象があるけど大丈夫なのかな?」


「そう思うでしょ? 海外の専門書籍を翻訳する仕事なので、実は結構いいお給料なんですよ。文化的背景を踏まえた意訳ができるのが、私の強みなんです!」


 女神は得意げに胸を張った。


「おお、そんなすごい特技があるんだ!」


「特技? 違いますよ。ほら、私って異世界の神なんで、翻訳スキルとかは基本中の基本ですからね。この手のスキルは使い放題なんです」


「なんなんだろう。この非日常的な日常的やり取り……いや、逆か? 日常的な非日常? どっちだ?」


「そんなことより体重を測りましょう! 自動的に尾本さんと私のスマホにデータを送るように設定しておきましたから」


 女神は至ってまじめに、悪意なくそう言った。自分のスマホを見れば、たしかに見覚えのないアプリがインストールされている。


「さらば、俺のプライバシー」


「それと、これ」


 女神が白くて無機質なプラスチックの弁当箱を手渡してくる。


「これは?」


「自分のお弁当を作るついでに、尾本さんの分も作っておきました」


 そういうと、ちょっと照れくさそうな顔をしてみせる。その仕草があまりにも自然で、どう見ても、どこにでもいそうな女の子だ。思わず胸が熱くなる。きっと、世のお父さん方は、娘がはじめて手作り弁当を渡してくれた時に、こんな感情が湧くのだろう。尾本は目頭を押さえた。もっとも、自分は娘とのやりとり以前に独身なのだが。


「ひょっとして……あなたは神ですか?」


「神ですが?」


 プライドが傷ついたのか、女神が引きつった笑顔を浮かべる。


「一応、尾本さんの身体にナンカした時にアレルギーについては調べていますので、安心して食べていただいて大丈夫ですよ」


「そうですか。まあ、俺はスギ花粉以外にアレルギーはないんですけどね」


 尾本の返事に、女神が小さく首を傾げた。


「猫アレルギーがありますよ? 今はまだ軽いですけど猫を飼ったら悪化するかも」


「マジですか! いつかは海が見える片田舎で、猫ちゃんと静かに暮らすのが夢だったのに!」


「それは残念でしたね。さてと、今日は一限目から授業あるんでそろそろ出発しないと」


 女神はそういうと、どこからともなく小さなリュックを取り出して背負う。


「それにしたって早いですね」


「誰のせいだと思ってるんですか? 〝ここ〟から大学まで電車で片道1時間ですよ? これが4年間も続くのかと思うと、ぞっとしますね」


 そうは言いながらも、女神はどこか嬉しそうに微笑み、踊るようにくるりと回った。その仕草は、嬉しさをまるで隠しきれていない。


「大学まで遠いんですね――って、んんんん~~?! 〝ここ〟から大学に通うんですか?」


 尾本は呆然としながら足元――マンションを指差した。


「エネルギーの消耗等を鑑みて、同じマンションで暮らした方が効率がよいと判断しました。まあ、尾本さんの夢に出るために、2週間前から上の階に住んでるんですけどね」


 ――気づかなかったでしょ? と言わんばかりに、女神が胸を張る。


「どこから突っ込んでいいのやら。結局、ウチに押しかけてるし」


「最初は全部夢の中で済ませるつもりだったんですよ。まあ、仕方ないですね」


 仕方ないと言いつつ、女神は笑顔を隠さない。


「発想が柔軟すぎて何も言えねえ……」


「自分の世界の命運がかかっていますからね。私も必死なんですよ。……それじゃあ、初登校に遅刻したくないので私は行きますね」


 女神はそういうと、玄関を閉めようとする。


「あ、ちょっと待って、女神様! 3分だけ!」


「はい?」


 女神が首を傾げる中、尾本は急ぎ足で室内へ戻ると机の引き出しを開けた。そこから縦書き用便箋と白く飾り気のない封筒を取り出す。この封筒なら中身は見えない。


 大慌てでメモを書き、〝それ〟と一緒に封筒に入れると、尾本は玄関に戻る。


「はい、これ」


 少し息を切らしながら、封筒を女神に手渡した。


「なんです、これ?」


 女神は封筒を受け取り、じっと見つめる。


「電車に乗ったら開けてください。それまで、決して開けてはなりませんよ?」


 まるで、乙姫が浦島太郎に玉手箱を渡す時のような口調で言う。


「はあ……」


 不思議そうに首を傾げながらも、女神はスカートのポケットに封筒を仕舞った。


「そんじゃ、俺も体重測ったら出勤しますよ」


「はい。それじゃあ私も学校に行ってきますね」


 女神は小さく手を振ると、軽やかに踵を返した。


「ハンカチとティッシュは持った? ちゃんと先生にご挨拶するのよ?」


 尾本が玄関から顔だけ出して見送ると、振り返った女神が「むぅっ」と唇を尖らせる。


「私を何だと思ってるんですか」


「押しかけ女房かストーカー?」


「……今度、異世界行きのロードローラーにでも轢かれてみますか?」


「異世界の女神様が言うとシャレにならんから、やめてください」


 ……いや、本当に。

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