第120話「みっつ?」
前方を走るゴブリンの群れが速度を上げた。どうやら先頭が森を抜けたらしい。
「そろそろ森を抜けるぞ、ラズリオ殿!」
レオフォルトは隣で馬を駆るラズリオを見やった。ラズリオは眉間に皺を寄せ、視線を遠くに向けて何かを考え込んでいる。
「あの女の子……他人の空似ってことでいいのかしら?」
「ラズリオ殿?」
再度の問いかけに、ラズリオが顔を上げ、柔らかな笑みを向けた。
「あら。ごめんなさい。ちょっと考え事をね」
「ここまでで十分だ。ラズリオ殿は避難してくれ。ここから先は、俺一人で何とかする」
レオフォルトは左目の眼帯を外し、その望遠機能を使いながら告げた。左目には、オルティリスにいるエンサリアの守備隊が城壁上部の歩哨路に急いで陣取り、弓兵たちが矢を番える姿が映る。迎撃の準備は整いつつあるようだが、時間との戦いだ。それだけが僅かな安心材料だった。
多少無謀かもしれないが、前方から展開するオルティリス守備隊とゴブリンの群れを挟み撃ちにしながら、例の少女を見つけ出して救出する――そう都合よくいくのか分からないが、やるしかない。
「ここまでついてきてくれたこと、心よりお礼申し上げる。後出しで申し訳ないが、雇い主には俺から頼んで十分な報酬をお願いしておく」
「いらないわよ、そんなもの。私、お金とかには困ってないの」
ラズリオは軽く手を振りながら、肩をすくめた。
「では、俺が無事に生き残れたら一杯奢ろう。それでどうだろうか?」
「あらぁ? 素敵! その提案、オネエさん的には大歓迎よ!」
ラズリオが心底愉快そうに笑みを浮かべた。
「心得た。必ず、約束は守る」
レオフォルトが胸に拳を当て、正式な誓いとしての意を示すと、ラズリオは大きく頷いた。
「じゃあ、レオフォルトに約束を守ってもらうためにも……
不本意だけど、みっつだけ追加で手伝ってあげる」
「みっつ?」
ラズリオは三本の指を立て、一本ずつ倒しながら説明を始めた。
「まず、この騒ぎの原因の特定してあげるわ。
状況からの推測なんだけど、例の女の子の首輪が原因ね。あれから出ている光を見た魔物が暴走しているようだわ。幸いにも今はもう光が出ていないみたいだけど……。
あの子、あなたに助けを求めてきたんでしょ?
首謀者は、恐らく彼女をこの騒ぎの生贄にしてるんじゃないかしら」
確かに、あの光は青結晶の義眼に対して、強烈な殺意と破壊衝動を呼び起こした。存在そのものが青結晶でできているらしい魔物であれば、その効果は計り知れないだろう。
「では、その少女の首輪をどうにかすればいいのだろうか?」
「まあ、そうなんでしょうけど……あなた、どうにかできそう?」
一瞬の沈黙が流れ、森を駆ける二頭の馬の足音だけが耳に響いた。
「……なんとかする」
「でしょうね。だから――」
ラズリオはもう一本指を倒してウインクする。
「私が、女の子を助け出してあげる! 本来なら、こういうのは王子様の役なんでしょうけどね。まあ、レオフォルトが王子様ってのも年齢的にどうかと思うし、私がその役を奪ってもそんなに変わらないでしょ?」
たまらずレオフォルトは吹き出した。つられて、ラズリオは手の甲を口元に当てて「おほほ」と笑う。
「違いない! それで、みっつめは?」
ラズリオは、最後の指を倒すと、ゴブリンの群れに向かって拳を向けた。
「決まってんでしょ! 女の子を酷い目に合わせた首謀者を、一発だけブン殴ってきてあげる!」
そのまま、ラズリオは天に向かって拳を上げた。
「来なさい――ナイトメア・サイズ・ナイン!」
空気が震え、澄んだ金属音が鳴り響いた。
ラズリオの静かな声に反応し、天から銀色の大鎌が回りながら落ちてくる。まるで、三日月が降ってきたかのようであった。それが、不自然なほどに自然に、ラズリオの掌に収まる。
「それじゃあね、疫病神に好かれるレオフォルト。いつかどこかの酒場で!」
ラズリオと銀色の大鎌が、まるで見えない糸に引き上げられるように宙に浮かんだ。空中で姿勢を変え、鎌の刃を下にすると、ラズリオはその刃の上に立ち、鎌の柄を掴む。そして、その不自然な姿勢のまま、ピンク色に輝く甲冑を纏ったラズリオが、ゴブリンの群れを追い越して飛んでいった。その速度は、まるで流星を連想させる。
「凄いな……一体、どういう魔法使いなんだ?」
レオフォルトは息を呑みながら呟いた。その瞬間、彼の乗った馬が森を抜けた。




