第119話「考えろ! 考えろ、考えろ、考えろ!」
二足走行する竜のような魔獣――ヴェロークが、鋭い爪で地面を蹴りながら疾走していた。そのたくましい脇腹に、リオーダスは軽く足を当て続ける。
風が耳元を切り抜け、急に森を抜けた。
目の前に広がる黄金色の麦畑。そのはるか先には、古びて低いオルティリスの城壁が見える。閉じられた赤いマホガニー材の城門がやけに目立ち、重厚さを装う滑稽な威厳を放っている。それが余計に苛立たしい。あいつら自慢の城壁と歴史を打ち砕く光景は、さぞや痛快だろう。だが、その余韻に浸れる余裕が、今の自分にはない。
「考えろ! 考えろ、考えろ、考えろ!」
リオーダスは呟きながら、頭の中で必死に策を巡らせるが、答えは見つからない。思いつくのは、目の前の城壁を粉々にする光景だけだ。しかし、それが自分たちの脱出にどれほど役立つのか見当もつかない。
――あいつらに一泡吹かせられれば、それでいいんだ!
胸の奥で渦巻く恨みと苛立ちが冷静さを失わせる。ゴブリンの群れを街にぶつけて逃げるだけの簡単な計画だったが、今やゴブリンの群れに追われる自分たちこそが今一番の窮地にいる。
ヴェロークが低く咆哮し、その振動がリオーダスの足元に伝わる。その手綱を掴む手に、無意識のうちに力が込められていた。
「レネ女史、大丈夫ですか?」
リオーダスは背後に座るレネに声を掛ける。だが返事がない。先程から何度か声をかけたが返事がないことから、魔力残量と共に意識が消えかかっているのかもしれない。リオーダスの腰のベルトを掴むレネの手には力は残っているようだが、白く血の気を失っているのが分かる。リオーダスはレネが振り落とされぬよう、その腕を掴んだ。
「おい、リオーダス! 何をぼやーっとしてやがる!」
不意に、隣を走っていたヴェロークの騎手であるスキンヘッドの男――ゴッテルが怒鳴った。その声には焦りと苛立ちが混ざり合っている。
「すまない! 考え事をしていた!」
「考え事? おいおい、頭に血が上りすぎて、周りが見えてねえのか!」
ゴッテルが顎で後方を指す。背後を見ると、くすんだ緑色の汚泥を思わせるゴブリンの群れが、地面を這うようにうごめきながら迫ってきている。見晴らしの良い麦畑とあって、群れ全体の数もおおよそ見当がつく。百以上……いや、二百といったところか。その先頭集団は地面を蹴り上げ、地鳴りのような足音を風に乗せて耳元に届かせていた。こちらとの距離は、およそ20メートル。
「あんなに近くに……」
ヴェロークが馬の全速力状態を数時間にわたって維持できるといっても、限界がきているのは明らかだった。頬を切る風音が弱くなっている事に今更になって気がつく。
「それだけじゃねえだろ! 周りを見ろって!」
ゴッテルが再度怒鳴る。その声にハッとしたリオーダスは、左右の景色に目を走らせた。そして、すぐに言わんとしている事を理解する。
「他の三人は?!」
走っているのは、リオーダスとゴッテルのヴェロークの二頭だけだ。
「今頃、気がついたのかよ? 三人とも逃げちまったよ!」
その言葉を聞いた瞬間、リオーダスは軽い目眩を覚えた。頭の中で『逃げた』という言葉が何度も反響する。この国の未来を担う、革命の闘士が――なんと情けない!
「まあ、逃げながらゴブリンの群れに飲み込まれちまったけどな。今頃は道端でゴブリンの糞にでもなってんじゃねえか?」
ゴッテルは皮肉っぽい笑みを浮かべるが、その唇は明らかに恐怖に引きつっていた。




