第115話「ピ、ピピィ~!!!」
薄曇りの空の下、オルティリスの街の中央に佇む『銀の鷲亭』は、一目でその格式の高さが伝わる建物だった。かつてこの地を治めていた子爵家の豪邸を改装した店内は、歴史の重みと洗練が調和している。磨き上げられた大理石の床に重厚なカーペットが敷かれ、高い天井から吊るされたクリスタルのシャンデリアが柔らかな光を放っていた。壁には古い肖像画が並び、細かな金箔が施された額縁が目を引く。テーブルには純白のクロスが広げられ、その上に並ぶ銀食器と陶器の皿が上品な輝きを放っていた。
給仕の女性たちは、伝統を感じさせるメイド服を身に纏い、一糸乱れぬ動きで料理を運んでいる。その動作は静かで洗練されており、店の格式をさらに際立たせていた。漆黒のエプロンドレスに純白のフリルが施されたメイド服は、かつての屋敷の栄光を今に伝える象徴でもあるようだった。
窓越しには、薄曇りの空が広がり、街路を行き交う人々の姿が時折見える。外の静けさと店内の上品な空気が絶妙に調和していた。
食事を終えた一行は、それぞれ思い思いにくつろいでいた。
『銀の鷲亭』での昼食は、予約なしの訪問にも関わらず、高級料理店の名にふさわしい品々が提供された。最初に運ばれてきたのは、前菜の魚介のマリネ。新鮮な白身魚と貝をハーブとオリーブオイルで和え、レモンの爽やかな香りが添えられていた。
メインディッシュは、火入れが完璧な鴨のロースト。表面は香ばしく、中心はジューシーで柔らかい……ように見える。甘酸っぱそうなベリーソースが鴨肉にかかっており、付け合わせのキャロットピューレとともに美しい彩りを添えていた。パンは焼き立てで、表面はパリッと、中はもっちりとした食感……だったことだろう。
想像でしかないのは、白い小鳥であるボンボンの姿になっている自分――このウルファジムという世界の守護神であり、管理者である女神フェルネスの目の前に置かれたのが、小鉢に入れられた粟だけだったからだ。
――完全にアバターの選択をミスした。
こんな事ならブラウトロワ家の新人メイドであるアバター・メグを使うべきだった。ボンボンは、死んだような目で、切なく「ピピ……」と鳴き声を上げた。
そして、絶妙なタイミングで焼き菓子の盛り合わせが運ばれてきた。タルトレットやフィナンシェが並ぶ銀のトレーを持ったメイドが、物音ひとつ立てずに静かにテーブルに菓子を並べる。それでいて無駄のない手さばきや優雅な動きからは、彼女がただの給仕とは一線を画す気品が漂っていた。黒髪はきっちりとシニヨンにまとめられ、その横に飾られた小さな白いリボンが揺れるたび、柔らかな光を反射していた。均整の取れた動作の中で、深い青の瞳が一瞬だけ客たちを見渡し、満足そうに微笑む。
――アバター・メグが、偽メイドであることを嫌でも実感させられ、さらに落ち込みたくなる。
アイリスが手を叩いて歓声を上げると、その口元にさらに柔らかな笑みが浮かんだ。エリサも「綺麗!」と目を輝かせ、早速フィナンシェを手に取る。その様子を見届けたメイドは一礼し、軽やかな足音を残してその場を離れた。
「ピ、ピピィ~!!!」
ボンボンこと女神フェルネスは、怒りに任せて勢いよく小さな皿をつつく。くちばしで粟を転がしては、輪切りのオレンジをついばむ。その仕草は、完全に猛禽類。生の粟なんか食べた女神なぞ、星の数だけある異世界の中でも、きっと自分だけに違いない。泣ける!
「そんなに美味いのか、それ?」
隣で、小さい子供用の椅子に座ったペローが不思議そうに尋ねてきた。小さい子供用のフォークを器用に使いながら、もぐもぐとタルトを頬張っている。その姿はとても美味しそうで、なおさら腹立たしい。ボンボンは返事代わりに殺意のこもった円な瞳でもって、ペローをにっこりと睨みつける。
ペローは冷や汗をひとつ流すと、震える手でボンボンの前にタルトを置いた。
――触らぬ神に祟りなし。神だけに!




