第114話「どうすっかなー?」
えーい! コンチクショーめ! ……どうなってんだ?」
尾本はPCの画面を睨みつけ、手元のマウスボタンを無駄に連打する。
「動かないんだったら、せめてエラーメッセージぐらい出せよ!」
画面のプログラムは、焦る尾本を嘲笑うかのように不特定な箇所でピタリと停止する。しかも、普通に動く場合もあって不具合に再現性がなく、原因を探る手がかりすら掴めない。尾本は背もたれに体を投げ出し、開発室の天井を見上げた。蛍光灯の光がやけに目に染みる。眩しさを避けるように、顔を横にやると壁掛け時計が目に入った。
時刻は午前2時半。さきほどの休憩から30分しか経っていない。尾本は目頭を抑えながら、大きなため息をついた。疲れからくる頭痛なのかと思ったが、喉が少しイガイガする。この喉の違和感は夕方ぐらいから続いている。放っておけば、すぐに治ると思ったのだが、そうでもないらしい。
「あーもー! まさか、このタイミングで風邪って事はないよな?」
尾本は喉を手で軽くさすりながら、ふと気づいた。エアコンのリモコンを見ると、ディスプレイには「16℃」と表示されている。どうやら深夜の妙なテンションのせいで調子に乗り、自室だったら考えられないほど温度を下げていたらしい。
「いやいや、俺さん、なんでこんな温度設定にしてんだよ……」
呆れた声を漏らしながら、温度を26℃に調整する。冷気にさらされていた体が、ようやくじんわりと温まっていくのが分かる。
「どうすっかなー? いったん朝まで寝る……のが、いいのか?」
無理にこのまま作業を進める方が効率が落ちる気がする。そう判断した尾本は自分のロッカーからコット(折りたたみ式の小型ベッド)と寝袋を取り出した。これを使うのは、最後の手段だと決めていたわけだが、どうやら今がその時らしい。
じつを言うと、上の階には畳の間が用意されていた。弊社の偉大なるシャッチョサーン曰く「福利厚生で仮眠室を確保しておいたよ!」との事だが、絶対にそこだけは使わないと心に決めていた。何かに負けたような気がするから。
そんなわけで、テキパキとコットを組み立てる。慣れたもんだが、正直、慣れたくはなかった。
OAフロアの上に雑に置いたコットをしげしげと眺める。カーキ色のコットにデザインされたウサちゃんマークが無ければ、無機質な雰囲気が余計に際立ち、さながら野戦病院のベッドを思い起こしたかもしれない。
尾本は靴下を脱ぎ、ネクタイを外すと、寝袋に潜り込む。そして、コットの上でミイラのように横になった。
「やっぱ、寝心地が悪ぃな……」
広瀬の席に座っている猫のぬいぐるみを手繰り寄せ、頭の下に置いた。クッション性があるというか、クッションそのものといったぬいぐるみが心地いい。柔らかな感触に自然と肩の力が抜けた。
「おやすみ」
尾本は乾いた咳をしながら開発室の照明を落とした。静寂の中に、どこからか聞こえるエアコンの微かな唸り音が耳に入る。部屋の空気は乾燥しており、喉の違和感がさらに増した気がした。




