第108話「勘弁してくだせえ」
「ミリアーナ様の、何が、どう厄介なんで?
ひょっとして大怪我とか、病気に罹っているとか?」
「それがなあ……絶対に守備隊長アーリンの側から離れんと言い張っておってな。
ミリアーナは、アーリンの許嫁なんじゃろ?
ふたりで仲良く指揮官室に立て籠もっておる――
ああ、食事はちゃんと与えとるから安心せい」
トニはその答えに頭を抱えた。
病は病でも、まさか恋の病だったとは……
「困ったことに、アーリンから引き離そうとすると『舌を噛んで死んでやる!』と脅してくる始末じゃ。
正直、あの女は面倒でな、早々に連れ帰ってほしい。あと、ここだけの話なんじゃが――」
ザルバスが声を潜める。
この上まだ何かあるのかと、トニは身構えた。
「アーリンも、ミリアーナに憑きまとわれすぎて怖がっておるようにも見える」
心底困った、と言わんばかりにザルバスが、どこにあるのか分からない口で大きなため息をついた。
人質解放の件。別の意味で、心臓に悪い。
「わ、分かりやした! オイラ――自分がミリアーナ様を説得しやす。それでどうでしょうか?」
「それは別に構わんのじゃが……」
ザルバスが目を細め、針金のような手で頬を掻く。
その仕草に、トニの胸が再びざわついた。
「勘弁してくだせえ。まだ何かあるんでやすか?」
「名簿にあるリジーなんじゃが……料理長のあの女の事じゃよな?」
「はい。料理長で間違いねえです」
その人物も「必ず連れ帰れ」とギーシャルに言われている。
「あいつも厨房から離れんのじゃ。なんでも『自分の料理で人質を元気付けるのが使命だ!』と張り切っておってな。それは別に構わんのじゃが、新鮮な山菜やキノコを取ってこいと毎日のようにわしらに指示を出す始末なんじゃ……」
ザルバスの目玉しかない顔をひきつらせた。
* * *
クワリオス鉱山周辺の鬱蒼とした森では、全身を黒い衣装に包んだ犬耳の少女(?)オスカーが、物憂げな表情を浮かべながらキノコを摘んでいた。
長く艶のある黒髪は、地面に触れて汚れないようにと一本の三つ編みにして、羽織ったローブの中に収められている。
「……なんで僕は異世界でキノコ狩りなんかしてるんだろう」
作業の手は止まらないものの、口元は不機嫌そうにゆがみ、ブツブツと独り言が続く。
ピンと立っていた犬耳が力なく垂れているあたり、本心から不満なのだろう。
「オスカー、これは食べられるのか?」
シセは、バスケットの中に入っていたソフトボールほどの大きさがある巨大なマッシュルームを拾い上げた。
食材を集めてこいと言われても、何が食べられるのかシセにはさっぱりわからない。
ましてや異世界の謎のキノコなど、こうして誰かが採取した物でなければ触りたいとも思わない。
「それはポートベロ・マッシュルームですね。ステーキみたいにしたら美味しいですよ」
オスカーが別のキノコを拾い上げ、クンクンと匂いを嗅いだ。
食べられないと判断すると、キノコを放り投げる。
犬耳だけでなく、鼻も利くようだ。
「これがマッシュルームだと? 異世界はなんでも規格外だな」
シセはその巨大マッシュルームをしげしげと眺めながら呟く。
「異世界って……それは日本でも栽培してますよ」
淡々と答えるオスカーの手には、次のキノコが拾い上げられていた。
クンクンと匂いを嗅ぐ。今度のは食べられるらしく、それを丁寧にバスケットの中に入れた。
「驚いたな。こんな化け物マッシュルームが日本でも手に入るのか?」
「まあ、普通のスーパーには売ってないと思いますけどね。僕も駅前のショッピングモールにある『エピキュリアン』っていうお店でしか見たことありませんし――って、ん?」
「あの高級そうな店か。たしかに珍しい食材ばかり扱っていた――って、え?」
二人は驚いたように顔を見合わせた。
「「ひょっとして、ご近所さん?!」」




