第102話「見くびるなよ、シュラウザー副隊長」
南エンサリア砦の警備隊長リュシアンは、指揮官室の隣にある自室で鼻歌を交じえながら旅の荷造りをしていた。副隊長のシュラウザーは、自室で数ヶ月間の警備隊長代理としての引き継ぎ資料に目を通しつつも、横目でリュシアンの様子をうかがっている。
手際よく野営用の毛布を詰め込むリュシアンの動きは流石だ。しかし、その後に取り出されたキャラウェイシードのスコーンが入った紙袋やブルーベリージャムの瓶を見て、シュラウザーは目を細めた。それらが戦闘糧食として適切なのかは、少し疑問が残る。と言うより、どう考えても例の女勇者シャルル・アイリスへの贈り物……いや、一緒に食べるための物だろう。
――ピクニックか?
リュシアンは見た目こそ12、3歳の少年のようだが、中身は今年で27歳になる成人男性だ。そして、シュラウザーにとっては上官でもある。ここは、彼の二倍は生きている大人として、部下として、士官として、何か言うべきではないかと葛藤した結果、シュラウザーは意を決して資料から目を離した。
「リュシアン様、少し荷物を減らされた方がよくないでしょうか?」
「価値観の相違だな。私はいざという時に備え、ありとあらゆる道具を持っていく主義なのだ」
そう言うと『剣のお手入れ道具』と書かれた革袋を見せて、リュシアンは不敵に笑う。
「本当にあなたときたら……」
そのスコーンとジャムの瓶は何なんですか?と言いたいのを、ぐっと我慢した。
シャルルのドレスまで持っていくと言い出さなかっただけでも良しとしよう。
シュラウザーは軽く溜め息をつき、再び資料に目を戻した。今夜中に引き継ぎ作業を済ませておかないといけない。つまらない説教をしている余裕はないのだ。
「見くびるなよ、シュラウザー副隊長。お前が私を……人造勇者を監視していることは知っている。それに対して私が何の手も打っていないなどと考えないことだな。まあ、それはそれとして、カーバリオ執政副長官の期待には応えるつもりではある。心配するな。与えられた任務は必ずこなす」
リュシアンは作業の手を止めず、世間話でもするような軽い口調でそう告げた。
「なかなかどうして……ご自身がカーバリオ様の計画に利用されていると知りつつ、牽制までされるとは」
シュラウザーは驚きつつも、自然と頬が緩むのを止められなかった。
「何でそこで喜ぶんだ、シュラウザー?」
今度はリュシアンが少し驚いた表情で、シュラウザーを見つめてきた。
「何と申したらいいんでしょうかね。中年男特有の感情です。
若者の成長を間近で見ると、つい嬉しくなってしまう物なのですよ。例えそれが表面上の関係だとしても」
「ふん。変わった男だ」
リュシアンは苦笑し、再び作業を再開する。
「おや? こっちの書類ですが、リュシアン様のサインが入っていませんよ?」
「うん? そうか、すまんな。急いでいたものでね」
リュシアンがサインをするために立ち上がる。その背後にある大きめな旅行鞄から女性物のドレスの裾がはみ出しているのを確認したシュラウザーは、本気で呆れる顔を隠せなかった。




