第101話「思っていたより、人間側の問題が複雑ですよね」
「――それで、急な話で申し訳ないんですが明日の昼前には出発する予定です。
皆さんはそれでも大丈夫ですか?」
アヤトは懐中時計を確認した後、全員の顔を見回す。
元の世界の時間は23時50分を指していた。現実世界で眠りについて、まだ10分程度しか経過していない。
女神の話によると、こっちでは勇者の都合で時間が流れるらしい。
このペースなら、精神的な疲労さえ無視すれば数日は連続で活動できるだろう。
「何なら今から出発でもいいんだけど。ウチは早く何か斬りたい!」
アイリスがペローを抱いたまま、星詠みの剣を引き抜きぶんぶんと笑顔で振り回す。
「アイリスさん、その発言だと魔法の剣じゃなくて、生き血を求める妖刀みたいですよ」
アヤトがため息をつきながら、頭を抱えた。
「俺も早く新しい銃を試し撃ちしたいところだ」
ペローはマントの中からトリコロールカラーの玩具っぽいマスケット銃を取り出し、ニヤリと笑う。
「ボルグニルさんはアイリスに感化されすぎです」
ボンボンが呆れたように突っ込むが、ペローは「なんとでも言え」と鼻で笑った。
アヤトは全員が明日の出発に問題ないことを確認し、話を続ける。
「それで、明日からのネレイアへの旅なのですが、リュシアンさんも同行されます」
「えっ、リュシアンって、この砦の警備隊長でしょ?」
アイリスが目を丸くして言う。その反応に、アヤトは少し驚いた。彼女がちゃんと名前を覚えているとは珍しい――てっきり「誰だっけ?」と言うかと思っていたのだが。
「えっと、執政副長官のカーバリオさんから出された条件のひとつなんですよ。僕が広範囲攻撃魔法を最大火力で使わないように監視するのと、新しく提供されるアジュール・スティレットが研究用の不完全な物らしくて、その整備をリュシアンさんが担当されるそうです」
「あれれ? リュシアンって警備隊長で剣士なんじゃないの?」
「リュシアンさんは魔術技師でもあるそうですよ。それと『人造勇者』なんだとか」
『人造勇者』という言葉に、ペローは眉間に皺を寄せ、ボンボンも少し険しく目を細めた。
神々としては、受け入れがたい単語だったらしい。
「それと水上都市ネレイアへの道案内というか、行き先が同じなのでオウリィ・カラドグラム商会の皆さんも同行されます」
「ああ、ウチにドレスをくれるって言ってた、あの糸目さんか」
アイリスがふんふんと頷く。
「同行というより彼らの馬車に乗せてもらって移動するんですけどね。
あの、カーバリオとかいうカバみたいな顔した男が、私たちの旅費までケチってくれちゃいやがりまして」
ボンボンの補足を聞いたアヤトは、会談の時にはそう思わなかったのだが、あらためて「エンサリア共和国は経済的に困っているのだろうか?」そんな素朴な疑問が頭をよぎった。
しかし、ここ南エンサリア砦は共和国首都ではないにも関わらず、街にはガス灯のような装置が並び、綺麗に舗装された石畳の道が広がっている。
アルヴァリス王国の街並みよりも歴史を感じさせない分、街の雰囲気は洗練されており、近代化が進んでいるようにも感じた。ましてや、ぱっと見の印象では、むしろ経済的にも豊かそうにも感じるのだが……。
それと同時に「ネレイアまでの道中では、野盗の襲撃も警戒した方がいいかもしれません」と、会議の後にガルド隊長が忠告してくれたことを思い出す。野盗が出没するということは、治安面でも何かしら課題があるのかもしれない。
「思っていたより、人間側の問題が複雑ですよね」
――表向きの繁栄だけでは語れない、複雑な事情を各国が抱えているのだろう。
アヤトは目線を幻想的な街の夜景に戻しながら、そんな現実について思いを巡らせた。




