第100話「どうだ? 凄えだろ?」
南エンサリア砦に隣接する迎賓館、二階の貴賓室が今夜の勇者一行の宿となっていた。
アヤトは、貴賓室のベランダから砦に繋がる街並みを静かに眺める。夜の帳が下り始め、家々の灯りがひとつ、またひとつと点灯していく様は、星空のようだった。今日は海から流れてきた薄霧が街を覆っており、霧に包まれた街灯りは薄布越しに見えるようで淡く幻想的に見えた。
「今更なんですけど、こちらの砦って街と一体化してるんですね」
アヤトの肩にとまったボンボンは、小さくため息をつきながら続けた。
「……人間の営みって、見ていて癒やされます」
アヤトはその言葉に頷きながら、砦と町が織りなす光景に目をやり続けた。先程までの会談で、彼女も大いに気苦労を抱えたのだろう。
女神として聞き流せない話も多かったので、アヤトの精神的疲労も想像に難くない。
「おつおつ~」
このフロアの貴賓室は各部屋がベランダで繋がっているらしい。アイリスがペローを抱きかかえてやってきた。ペローも「おつかれ。会談はどうだった?」と小さな手を振る。
「何と言うか……どっと、疲れました」
アヤトは正直に漏らす。
「一応、新しいアジュール・スティレットはもらえることにはなりましたが……」
「なら、よかったじゃん。これでまた派手にドーン!ってやれるね。でも、『ただでもらえる』って話じゃない感じ?」
アイリスがアヤトの言葉の歯切れの悪さに首をかしげる。
「はい。自分で取りに行け、との事です。水上都市ネレイアまで」
「アヤトが全力を出せなかったら困るのは彼らでしょうに……。
何かにつけてコスト、コストって!」
ボンボンが呆れ声で補足する。その小さな瞳が疲れ切ったように閉じられる。
執政副長官のカーバリオ・ゼルティスからは「アジュール・スティレットが、いかに高価で貴重な品か」という事を延々と説教され、アヤトはただ大人しく頷くしかなかった。
「まあ、クワリオス鉱山砦の件は、人質を取られてる以上、誰も下手に動けない状況ですからね。
だったら、この機会に水上都市ネレイアまで足を伸ばしてみるのも面白いかなって。見聞を広げるのも大事ですしね。
それと――せっかくネレイアに行くなら、そこから船でカルマラ自由都市に渡って、新しい剣を探そうかと考えてます。いつまでもシャルルさんのサーベルを借りっぱなしっていうわけにもいきませんし」
アヤトのその言葉に、ペローが苦い顔をする。
「水上都市ネレイアに行く事になるのか……。
間接的にとはいえ、あそこを水没させたのは俺だからな。微妙に気まずいが仕方ないか」
「えっ! そうだったんですか?!」
「やるじゃん、ペロー!」
アイリスが、わしわしとペローの頭を撫でる。ペローの中の人は製造神ボルグニル様なのだが、その辺についてアイリスがどう認識しているのか、問いただしたくなる気もする。
もっとも、ペロー(ボルグニル)はペローで、まんざらでもない顔をしているが。
「ちなみに、ネレイアには申し訳なくて行ったことがないんだよな。俺が行ったことがある場所なら、空間を繋いで瞬間移動も可能だったんだが」
「なんか色々と初耳なことばかり聞かされて驚いてるんですけど……」
アヤトは眉間を押さえた。情報量が多すぎて整理が追いつかない。
「そんで、ペローは何をやらかしたん?」
頭を抱えるペローに代わり、ボンボンが口を開く。
「十五年ほど前の話なんですが、ボルグニルさんが作った『無限に水が出る水袋』っていう道具があって、その持ち主が使い方を間違えちゃったんです。そのせいで、名も無き小さな街が屋根の高さまで水没しちゃって……」
「なるほど、それが今の水上都市ネレイアって訳ですか」
確かに、ボルグニルとしては間接的にでも責任を感じているのかもしれない。
「俺の説明が悪かったんだろうか? 神である俺の工房に自力でたどり着いたぐらいだから、かなり凄い奴なのは間違いないんだが……ちなみに、フィオナっていう若い女だ」
「女性だったんですか? しかも、若い人?」
今度はボンボンが驚いた顔をする。どうやら、その話は初耳だったらしい。
「豪快で、大雑把で、大胆極まりないヤツだったよ。生きていれば、今頃三十過ぎくらいだろう。あいつが『世話になった街が渇水で困ってるから助けたい』って言うから、張り切って作ってやったんだが」
「じゃあ、そのフィオナさんに悪気はなかったんですね」
「でもな……袋の口を全開にして井戸に投げ込むか、普通?
全開の状態だと毎秒二百リットル以上の水が吹き出すように設定してたんだぞ。しかも、無限に動き続けるんだよ。水流が激しくて回収もできないし、やらかしたフィオナ本人は行方不明になるし……」
それを聞いたアヤトは軽く身震いし、アイリスはペローを抱いたまま大きく首を傾げる。
「Hey、アヤト。ウチにも分かりやすく説明して」
「そうですね。一秒でバスタブがいっぱいになる量の水が、ずっと出しっぱなしになってるイメージです」
「なんだそりゃ! 超ウケる! 街が沈むわけだわー」
アイリスがペローの顎を撫で回しながら楽しそうに笑う。
「どうだ? 凄えだろ?」
ペローもゴロゴロと喉を鳴らしながらご満悦だ。「その反応はおかしくないか?」とも思ったが、そのおかげでネレイアは大陸有数の観光都市となり、経済的な恩恵を受けているので、住民にとっては必ずしも悪いことばかりでもなかったのかもしれないが。




