第098話「そろそろ会談のお時間です、リュシアン様」
「――と、以上がここ数日の魔王軍の動きです。これから関係各国の代表が集まり、今後について話し合いが行われますが、勇者殿御一行も参加されますか?」
リュシアンからクワリオス鉱山砦の陥落や人質の件を聞き終えた勇者一同が、互いに顔を見合わせる。
「ウチは面倒な話はパス」
アイリスがつまらなさそうに肩を竦める。
「言うまでもないが話し合いには参加すべきだろうな。アイリスは俺が見張っておくから、アヤトとボンボンで行ってきたらどうだろう?」
ペローが短い腕を組んだまま答える。
「なんでウチが見張られるのさ」
アイリスが抗議の声をあげるが、ペローはため息混じりにそれを無視した。
「それがいいでしょうね。ボンボンさんは、それで構いませんか?」
アヤトに問われて、ボンボンは軽く頷いた。この姿で言葉を発するのには少し抵抗があった。この場にいる第三者……リュシアンを驚かせたくない気持ちもある。
しかし、それ以上に〝喋れない〟と思わせておいた方が相手の油断を誘い、その隙をつくには都合がいいと考えたからだ。まったく信用していない――という訳ではないのだが、どうにもエンサリア共和国の人間には裏の顔があるように感じる。
直後、指揮官室の扉が短くノックされた。
リュシアンが「どうぞ」と声をかけると、勢いよく扉が開き、西アルヴァリス砦の隊長ライウスが姿を現す。その後ろには、商人のオウリィとシュラウザー副隊長の姿もあった。
「アヤト殿、ご無事で何よりです! 」
ライウスはアヤトに歩み寄り、力強く肩を叩くと、目を輝かせながら続けた。
「魔王軍の幹部を討伐された件は聞きましたよ。さすがです! ついにやりましたな!」
アヤトは苦笑しながらも、少し照れた様子を見せた。
「ありがとうございます。ただ、あまり手放しで喜べる状況ではありませんね。どうやら幹部たちも復活するようでして……近いうちに、また相まみえることになると思います――」
アヤトとライウスが互いの近況を話し合っていると、オウリィがそっとアイリスのそばに近寄った。
「シャルル様、ご無沙汰しております。その節はたいへんご迷惑をおかけしまして――」
「こちらの糸目さんは、誰さん?」
アイリスがオウリィを指差し、不思議そうにボンボンに尋ねる。
その無邪気な一言に、オウリィの糸目がわずかに開き、驚きを映し出す。
すぐに柔らかな笑みに戻ったが、商人としては顔を忘れられるのは少々ショックだったかもしれない――もっとも、アイリスとしてはこの男とは本当に初対面なのだが。
さて、どうしたものか……と女神が思案していると、リュシアンが代わってフォローを入れた。
「こちらはオウリィ・カラドグラム殿です。彼の商会を護衛している傭兵隊がクワリオス鉱山砦の様子などを調べてくださったのです。それと、この後の会談ではカルマラ自由都市の代表として、話し合いに参加していただく事になっています」
「ふーん」と、興味なさそうにアイリスは答える。
「まさか、シャルル様に忘れられていたとは……いやはや、自分の不甲斐なさを呪うばかりです。どうでしょうか? シャルル様に私の顔を覚えていただけるよう、何か贈り物をしたいと思うのですが?」
「贈り物~? ウチ、特に欲しい物とか無いんだけど……」
「そうでしたか……
では、例えば、ドレスなどはどうでしょう? 実は最近、ご婦人たちの間でも人気のある職人が作り上げたという一品を手に入れられそうなのですが――」
「いいな。私が支払おう。いくらだ?」
リュシアンが割って入って即答する。
「いえ、これは私どもからシャルル様への贈り物ですので……」
オウリィが引きつった笑みを浮かべた。
「ならばもう一着買おうではないか。いや、二着でもいい」
リュシアンの気迫に押されたオウリィが、さらに笑顔を引きつらせてたじろぐ。
「いかがでしょうか、シャルルさん?
以前のドレスは急ごしらえでしたので、シャルルさんの美しさを引き立てるには役不足であると思っていました。次の宴では、複数のドレスによるお色直しを含め――」
いつの間にかリュシアンの隣に移動していた、シュラウザーが大きな咳払いをする。
「――そろそろ会談のお時間です、リュシアン様」
「そうか」
まったく表情を変えずにリュシアンが頷く様は、滑稽というより逆に怖い。
「まあ、貰えるものは何でももらうけど……」
アイリスがニヤリと笑みを浮かべる。
話を蒸し返されて、シュラウザーは目を覆った。
「よし、オウリィ殿は一着用意するがよろしい。私は二着購入する。いいな?
時に、シャルルさん、話は変わりますが――」
「リュシアン様、そろそろお時間が……」
「待て、シュラウザー。これは勇者としてのシャルルさんの戦闘能力の確認だ。この後の会談では、あらゆる場面において重要な判断材料となるだろう」
「左様でございますか。せめて、手短にお願いします」
呆れていた表情をとうとう隠さず、シュラウザーは呟く。
それを横目で見ながら、リュシアンは何事もなかったようにアイリスへ向き直り、手を取って尋ねた。
「御趣味は?」
「えっと……アヤトで遊ぶこと?」
「ほほう……アヤト殿と遊ぶ事ですか……」
リュシアンは眉をひそめ、微妙に引きつった笑みを浮かべながら、ライウスと談笑中のアヤトにじっと視線を送る。
その視線に圧を感じたのか、アヤトは肩を震わせると、焦ったようにきょろきょろと辺りを見回した。
その様子を見たライウスが「どうしたんです、アヤト殿。今から武者震いですかな?」と高笑いする。
「今、アヤト〝で〟って言ったよな?」
ペローが渋い声でオウリィに確認する。
「言いましたね」
一拍置いて、オウリィは困惑を隠せないまま頷く。ペローとオウリィも初対面だ。
謎の生物に、いきなり話しかけられれば驚かない方がおかしい。
「では、これが一番重要な質問なのですが……
シャルルさんはどのような男性に惹かれますか?」
「ん~とね……剣を何より大切にして、剣の扱いが丁寧で、剣の手入れをマメにする人」
アイリスが答えながら、恨みがましい視線をアヤトに向けた。
アヤトは再び肩を震わせると、冷や汗を滲ませながら視線を右往左往させる。
その様子を見たライウスも「今の殺気は一体!」とアヤトを庇いながら周囲を警戒し始める。
「リュシアン様は、魔法を使うたびに剣を燃やして投げ捨ててますよね。
一度の戦闘訓練で、だいたい何本ぐらい消費してましたっけ?」
シュラウザーは、満面の笑みを浮かべながら言った。その笑みには明らかに悪意が混じっている。
「シュラウザー、技術部に伝達だ! 耐熱性が強い剣を作らせよ!
そもそも、なんで私の剣に耐熱耐火機能を付与しなかったんだ!」
「そもそも『剣など使い捨てだ』とリュシアン様がおっしゃったからでは――」
シュラウザーの言葉を最後まで言わせない勢いで、リュシアンが話を遮る。
「金はいくらかかっても構わん! とにかく急がせろ! これは隊長命令だ!」
リュシアンが勢いよく腕を振り下ろすたび、机の上の文具が跳ねた。
「ふーん。剣は使い捨て? ほほう……」
アイリスは冷ややかな視線をリュシアンに送ったが、リュシアンは視線を合わせることなく、あからさまに誤魔化すようにシュラウザーに矢継ぎ早に指示を出す。
リュシアンの周囲には謎の熱気が漂い、アイリスの周囲には冷気が満ちているかのようだった。
その温度差を肌で感じたボンボンは、ペローの頭の上でぶるりと白い羽を震わせる。
ましてや、尾本がシャルルの中の人として戻ってきたらどうなる事やら……
「私、知~らない」
ぼそっと呟くボンボンの声は、誰の耳にも届かなかった。




