第096話「……うむ。全て繋がったぞ!」
南エンサリア砦の迎賓館。
会談開始まで、もう時間は残されていなかった。
「まったく……どうして、こうなってしまったのか。我が息子ながらアーリンの運の悪さには辟易する。
見た目もそうだが、あれの出来の悪さは完全に母親似だな」
カーバリオ・ゼルティスは、忌々しげに舌打ちした。
エンサリア共和国の執政副長官。
軍需産業を担うゼルティス家の当主でありながら、裏ではアルバベール自由同盟とも繋がっている男だ。
ギーシャルは、その側近として静かに口を開いた。
「カーバリオ様、会談開始まで時間がありません。いったん、情報を整理しましょう」
「そうだな。アーリンの命とクワリオス鉱山砦を天秤にかければ、鉱山を選ぶに決まっておるだろう。
愚かな魔物どもは、あの鉱山に息子の命以上の価値があるとは知らんようだな」
「魔物ではなく魔王軍です、カーバリオ様。
しかし、問題はアーリン様と一緒に人質になっているミリアーナ嬢の安否でしょう」
ミリアーナは、国家魔術師会会長ガルナードの娘であり、アーリンの許嫁でもある。
慰問に訪れたタイミングで砦が襲撃され、そのまま人質となった。
問題は、ガルナードとカーバリオの間に密かに交わされた利益共有の契約だった。
魔術師会が予算を膨らませ、余剰分がカーバリオへ流れる。
その仕組みが続く限り、カーバリオとしてはガルナードの機嫌を損ねるわけにはいかない。
「分かっておる。魔王軍はアーリン以外の人質を五人だけ返すと約束していたな?
ならば、ミリアーナをその名簿の一番上に入れるように話を進めよう。それと料理長も解放者名簿に入れるようにしなければいかんな」
料理長のリジーは、そもそもカーバリオのお気に入りだ。
アーリンに頼まれ、渋々ながら貸してやった親心もあったのかもしれない。
もっとも、おそらくはミリアーナ嬢をリジー料理で喜ばせるという算段の方が大きいだろうが。
「そして、ミリアーナが解放されたのを確認し次第、全軍でクワリオス鉱山砦を攻めるぞ。ただし、この奪還作戦は、勇者はもちろん、同盟国にも秘密裏に進める。異を唱えられては厄介だ。ましてや、同盟連合軍を使えば、後で『手柄だ』『採掘権だ』と好き放題に要求されかねん。それだけは避けたい。ギーシャル、ウチの軍部への根回しを頼むぞ」
「かしこまりました。では、会談では当面は魔王軍の要求を呑むという風に話を進めてください。そして、人質が開放され次第……アーリン様には尊い犠牲になっていただくという事で作戦を進めます」
「今後、アーリンを通じて青結晶の密輸ができなくなるのは本当に残念だがな。しかし、アーリンの犠牲によって、わしは実の息子の命を祖国に捧げた悲劇の英雄となるだろう。その称号の政治的利用価値は計り知れん。そう考えれば、今回の一件もまるで悪いことばかりでもなかったかもな。それに、アーリンも、あの世で母に会えて喜ぶだろう」
ギーシャルの記憶では、アーリンの母はかなり過保護な女だったはずだ。
――あの世でアーリンが本当に喜ぶかは怪しい。
どうでもいい事を考えながら、ギーシャルは話題を切り替えた。
「魔王軍がエンチャント・アローを使用してきた件については、いかがいたしましょう?」
「情報の流出元だが……よもや、アルバベール自由同盟の連中ではあるまいな?」
「それはあり得ません。提供したのは、魔物を操作する道具だけです。それと例の人造魔獣を五体……」
「ふん。ガルナードが秘密裏に作った例の首輪と、例の馬代わりの魔物か?
魔物を作り出すなど、女神教への背信行為も恐れんとはな。さすが技術バカといったところか。
まあそれはいい。使用時の効果測定を怠るなよ。得られたデータはガルナードに渡す約束だからな。
それとわしら以外の人間に『魔物の軍事利用計画』は露見してはならんわけだが――」
「もちろんです、カーバリオ様。リオーダスは気がついておりませんが、自由同盟のメンバーの中に私の配下の者を紛れ込ませており、その者が例の首輪の効果測定を行う手筈になっております。それに、あの首輪そのものが口封じも兼ねていますので、ご心配には及びません」
――魔物を操作する。
そう言えば聞こえはいい。
だが実際には、一定範囲にいる魔物を暴走させ、首輪の使用者の側に集めるだけの道具だ。
しかも、一度発動すればロックがかかり、首から外すことは難しい。
つまり、言い方は悪いが、魔物を利用した自爆装置でしかない。
「そう言えばそうだったな。しかし、『例の首輪』という名前はどうにかならんのか?」
「自由同盟の連中、あれを『アルバベールの首輪』と呼んでありがたがっていましたよ」
「そいつはいい。夜明けを告げる鳥の名で、深い眠りにつくというのはなかなかに洒落が効いている」
カーバリオは、心底愉快そうに笑った。
「それで例の魔王軍のエンチャント・アローだがな。技術情報が漏洩したのではないとすると、魔王軍が独自に開発……いや、こちらの魔法を模倣し、改良を加えたのではないか? 飛距離、破壊力、効果範囲……性能は全てあちらの方が上だと聞いたぞ」
「喜んでいい事ではありませんが、恐らくそうかと。お抱えの魔法技師にも確認しましたが、他国の魔法技師でも恐らく同じ結論を出すはず、と申しておりました」
「そうか。ならばいい。嘘というのは、真実の中に混ぜないと意味がないからな。その件については、素直にそう話すとしよう。そして、それはそれとしてだな。逆に魔王軍側のエンチャント・アローを解析し、こちらで再現できないかを調べさせろ。無論、勇者の使う広範囲攻撃魔法の解析と再現の方が最優先だ。そこは勘違いさせるなよ」
「もちろんです。それで、勇者の広範囲攻撃魔法の再使用の件について、どのように対処されますか?
勇者アヤトは、新しい儀式用短剣アジュール・スティレットを要求すると思いますが」
「……その件か。正直、頭が痛い問題だ。
そもそも、アジュール・スティレットがどれほどの代物か、勇者は本当に分かっているのか?
兵士五百人分の半年分の兵站費に匹敵する額だぞ。それだけじゃない。錬成には大量の水が必要だし、専任の魔法技師が何ヶ月も作業に専念しなければならん。あの短剣がどれほど貴重な物のか、勇者にはもっと自覚してもらわねば困る」
カーバリオは椅子に深く腰掛け直した。
一見、苛立っているように見える。
だが、ギーシャルは彼の視線がわずかに揺れたのを見逃さなかった。
おそらく頭の中では、費用の計算と、その捻出先を考え続けているのだろう。
それがカーバリオという男の性分だった。
「確認するが、新しいアジュール・スティレットを作って渡すとしたら、どれほどの時間がかかる?」
「水上都市ネレイアの工房で、研究用のアジュール・スティレットが三本開発中です。うち一本がまもなく完成するかと。それでよければすぐ渡すことは可能です。ただし、勇者アヤトの魔法を再現するために作っていた物なので、こちらの研究に多少の遅延が発生します」
「忌々しい話だ。ん? 待てよ、新しい勇者も召喚されたのだったな?
追加で作らないといかんということか。
それでなくても、鉱山が奪われた事で青結晶の価格が上昇するというのに……
おい。まさか、今回の砦の襲撃の件に、カルマラ自由都市の商人共が絡んでおるのではあるまいな?」
「魔王軍とカルマラの商人が接触を図ろうとしたとの情報は得ております。
ただ、魔王軍に加担すれば人類全体の脅威に繋がり商売にならず、ましてや今回のクワリオス鉱山砦の襲撃によって街道を通る事のリスクも増しています。物流網にも影響が出たわけですから、長期的に見ればカルマラに利益はないようにも思えます、が――」
「逆に言えば、短期的には商人たちの利益にもなるということか……
まあいい。商人共の件は後回しだ。仮にそれが事実であっても魔王軍に加担した罪で叩けばよいだけだしな」
「それで、アジュール・スティレットの件ですが……」
「勇者め。厄介払いをしてくれるどころか、面倒事ばかり呼び寄せよって」
「とは言え、神聖なる女神様より召喚された勇者の権威を象徴する短剣です。我々が協力しないそぶりを見せるのもよろしくないかと」
ギーシャルは、わずかに声を落とした。
「ましてや、女神教の総本山であるレーデベリア帝国に睨まれれば、他国はおろか、国内からもカーバリオ様に疑いの目が向けられます」
「それをきっかけに、わしの痛くない腹を探られるのもよろしくない、か」
――じゅうぶんに痛い腹だと思うが。
ギーシャルは心の中だけで嘲笑った。
それを知らぬ顔で語れるカーバリオの厚顔ぶりには、感心すら覚える。
「話を戻します。アジュール・スティレットが、あの破壊力を生み出す広範囲攻撃の触媒だったという点――これは大いに利用できます。各国があの威力を目の当たりにして、それぞれ何かしらの思惑を抱いたのは間違いありません」
「そうだな。うん。それに、勇者に広範囲攻撃魔法を再使用させた方が解析が捗る、か?」
「広範囲攻撃魔法の解析はかなり進んでおります。残るは起動プロセスの解析です。それが済めば……」
「ん? いよいよ、勇者の魔法が使えるようになるのか? 何故それを早く言わんのだ!」
「そう焦らず。起動プロセスの解析ができなければ『鍵のかかった宝箱』のようなものです」
「逆に言えば『宝箱の鍵』さえ複製できればいいわけだな」
「そうです。勇者アヤトが広範囲攻撃魔法を使う際に、近くで観測を行う魔法技師が必要になりますが――
とまあ、以上のことで、ひとつの結論に達するわけです」
「なるほど、そういう事か……
わしはアジュール・スティレットを提供する事に賛成の立場で会談に挑む。
ただし、条件として、アルヴァリス王国には資金の援助、カルマラ自由都市には青結晶の提供を要請する。
レーデベリア帝国には、この件の立会人になってもらい、睨みを効かせてもらおう。
勇者には、新しいアジュール・スティレットの整備の為に魔法技師を同行させる事を条件とする。もちろん、勇者自身で水上都市ネレイアに行ってもらった方がいいな。アレを回収に行くにも費用がかかりすぎるし、クワリオス鉱山砦の奪還作戦のタイミングで勇者を厄介払いできる。
……うむ。全て繋がったぞ!」
「そういうことです。さて、では勇者様に同行させる魔法技師についてですね。同行しても足手まといにならず、かつ我々に協力的で、さらに我々の真意には気づかないという、一見すると条件の難しい人物を探さねばならなくなるのですが――」
「言われるまでもない。この日のためにリュシアンの後見人として骨を折ってきてやったようなものなのだからな」
あらゆる事態が、自分の思惑通りに動き始めている。
そう確信したカーバリオは、口角が上がるのを止められなかった。




