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TS猫耳銃士戦記~俺が痩せれば魔王も倒せるらしい~  作者: 頑田むぅ
第二章『アルバベールの首輪』
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第088話「ならば言葉ではなく、結果で示せ」

 灰色の空の下、廃墟と化した貴族の屋敷が風に吹かれて軋む音を立てる。

 外で鳴く鳥の声も、風に揺れる草の音も、この屋敷の空気に飲まれて遠く感じられた。

 壁には黒ずんだ傷跡が刻まれ、崩れた天井から斜めに差し込む光が、床に蔦の影を落とす。かつては豪奢だったであろう調度品の名残が、朽ち果てた形で部屋の隅に転がっていた。


「来たぞ。ギースの旦那だ」


 玄関近くの見張り役をしていた野盗風のスキンヘッドの男――ゴッテルが低い声で告げると、廊下の奥から数人の男たちが集まってきた。

 粗野な野盗風の男や町のどこにでもいそうな若者、粗末な服に不釣り合いな装飾品を身につけた男など、見た目も行動もまとまりがない。


 二階の自室で歴史書を読みふけっていたリオーダスは「ギースの旦那がおみえですぜ」というゴッテルの声を聞き、ゆっくりと本を閉じた。


 『ギース』と名乗る素性不明の富豪は、リオーダスが率いる【アルバベール自由同盟】の重要なスポンサーだ。この場で彼と顔を合わせる以上、最低限の身だしなみは整えておくべきだろう。


 部屋の隅に立てかけられた古びた鏡に向かうと、波打つ自慢の赤髪が少し乱れているのに気づき、指で軽く整えた。

 深いグレーの瞳には冷静な光が宿る一方、戦いの疲れがやつれた頬に影を落としている。

 かつての貴族らしい誇り高い面立ちはまだ残っているが、気難しかった母譲りの鋭い顎と高い鼻が、自分をどこか過去へ引き戻すようにも感じられた。


 リオーダスは鏡から目を離し、廊下に向けて歩き出す。

 外から屋敷の扉が開く音が響き、全身黒尽くめで長身で痩せた白髪交じりの男――『ギース』が足音も立てずに姿を現した。


「ギース殿、ようこそ。今日はずいぶん早いお着きで」


 リオーダスが薄く笑みを浮かべて出迎える。その口元に浮かぶ笑みは完璧だったが、胸の内には期待と不安が交錯していた。


「随分と静かだな。このエンサリア共和国に『自由都市』を作るという貴様らの野望はどうした?

 まさか、怠惰たいだに埋もれた茶飲み仲間の集まりに堕ちたわけではあるまいな?」


 挑発するような言葉だったが、ギースの声と眼光には一片の感情もない。

 その冷たい響きに、粗野な男たちはヘラヘラと笑い、町人風の者たちは怒りに顔を歪め、派手な装飾を身にまとった者たちは、おろおろと視線を交わした。

 リオーダスは眉をわずかに動かすが、苛立ちを押し殺して微笑みを浮かべる。


「ギース殿のご心配はごもっともです。しかし、我らアルバベール自由同盟が寄せ集めの集団なのは周知の事実。志をひとつにし、一枚岩になるためには、どうしても時間が必要なのです」


 軽く肩をすくめるリオーダスを一瞥すると、ギースは何も言わず奥の広間へと歩き始めた。


 外見はただの廃墟だが、広間に足を踏み入れると様相が一変する。石造りの空間にはそれなりに手が加えられており、中央には粗末ながらも大きなテーブルと椅子が据えられている。壁には『アルバベール自由同盟』を象徴する鳥の紋章が描かれた赤い旗が堂々と掲げられていた。


 アルバベール――それは、夜明けを告げる伝説の鳥の名。この名は、没落貴族や野盗、そして真の自由を求める若者たち――さまざまな背景を持つ者たちをひとつに束ねるにふさわしい象徴だと、リオーダスは信じていた。


 現在のエンサリアは名ばかりの共和制に縛られ、一部の名家が世襲で権力を握る腐敗国家となっている。

 そんな現状に抗うため、アルバベール自由同盟は『自由都市連合』――各都市が自治権を持つ体制の再現を目指している。それこそが彼らの掲げる理念であり、この旗こそが革命の意志そのものなのだ。


 ギースは旗を見つめた後、無言のまま椅子に腰を下ろした。


「話は簡単だ。今月も援助は行う。――条件付きで、だ」


 ギースは懐から硬貨が入っていると思われる革袋を取り出し、テーブルの上に置いた。

 その声はどこか冷たく、石壁に反射して広間に染み渡るようだった。


「条件とは?」


 リオーダスが問い返すと、ギースは指先でテーブルをトントンと叩きながら答えた。


「成果だ、リオーダス。お前たち『アルバベール自由同盟』が革命だの理想だのを掲げているのは知ってる。だが、旗だけ振って野盗の真似事をしている暇があるなら、さっさと私が提供した物がどう役立ってるのかを見せろ」


 広間が静まり返る。誰もがギースを直視することをためらっているようだ。

 彼の背後に漂う得体の知れない威圧感が、全員の言葉を奪っていた。


 ギースが提供したのは、人造魔獣ヴェロークが五頭と『魔物の群れを操る首輪』だ。

 首輪が本当に使えるなら、戦力不足により行動できない自由同盟は一気に化ける。

 ただし、この首輪を動かす為の『強力な魔力保持者』がこの同盟にはいないのだ。


「私が提供する金と兵器は成果を生むためのものだ。お遊びに使われる筋合いはない」


 低く静かな声が、だが確実に全員の胸を締めつけるように響いた。


 リオーダスは一瞬だけ目を伏せ、それから慎重に言葉を選んで答えた。


「成果ならすぐに見せられます。我々はただの寄せ集めじゃない――この国の未来を変える闘士です」


「ならば言葉ではなく、結果で示せ」


 ギースは短く答えると、椅子から立ち上がった。


「ひとつ忠告だ。数日中に成果を出せなければ、この拠点ごと貴様らを潰す――覚悟しておけ」


 広間に響いたその言葉は、冷たい風のように拠点全体を包み込む。その場にいた全員が凍りついたように動けない中、ギースは屋敷に来た時のように足音を立てずに立ち去った。まるで闇を纏った亡霊のように。


 リオーダスはギースの真っ黒な背中を見送ると、テーブルに拳を叩きつけた。


「何はともあれ『魔物の群れを操る首輪』の起動だ。我らの中に魔力保持者がいない以上、誰かしら見つけないと話にならん。この国の未来――革命のためだ。女子供でも構わん。絶対に探し出して連れてこい!」


 自由同盟の面々が慌ただしく動き始める中、リオーダスは深いグレーの瞳に今まで抑えていた苛立ちの色を宿した。ギースの言葉が胸に重く響いている。彼の要求に応えなければ、同盟は本当に立ち行かなくなる――それが分かっているからこそ、その態度は余計に苛立たしく感じられた。


「まあ、しょうがねえよな。多少強引な手も使っていいんだろう?」


 ゴッテルが禿げ上がった自分の頭を撫でながら、薄ら笑いを浮かべる。


「絶対に相手を傷つけるなよ!」


 リオーダスは声を荒げる。自分の声に、気難しかった母のヒステリックな叫び声を思い出し、さらに不愉快な感情が沸き立つのを覚えた。


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