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TS猫耳銃士戦記~俺が痩せれば魔王も倒せるらしい~  作者: 頑田むぅ
第二章『アルバベールの首輪』
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第087話「夢じゃ……なかった」

 午後の休憩時間。黒森くろもり真琴まことはオフィスの片隅にある小さな休憩室で、コーヒーの入った紙コップを手に窓の外を眺めていた。


 日差しはまだ少し強い。

 外を歩く人々はどこかのんびりとしていて、いつもと変わらない平和な午後に見えた。


「……今朝の夢、なんだったんだろう?」


 夢の中では、真琴は『オスカー』という少女だった。

 その姿は黒い衣装に身を包んだ妹の結衣ゆいであり、狼を思わせる漆黒の獣でもあった。

 

 オスカーの姿になった真琴は行く手を阻む敵をいとも簡単に薙ぎ払い、闇の中を自由に駆ける――

 現実では味わったことのない万能感と解放感。

 その感覚は、目覚めた今でも妙に鮮明だった。


 真琴はコーヒーを一口飲む。


「なんだか、すっきりしてるな……」


 胸の奥に溜まっていた何かが少しだけ消えているような気がした。


「こういう気分、久しぶりだ」


 夢の中で感じた暴力的な自由。

 もちろん、ただの夢だ。

 そう思いながらも、どこか心が浮き立っている自分がいる。


「バカバカしい……」


 苦笑しながらコーヒーを飲み干し、席を立った。

 まだ仕事が残っている。


 だが、その時だった。


 シャラリ――


 スラックスのポケットから小さな金属音が響いた。


 続いて、銀色の懐中時計が床に転がり落ちる。


「なんだ? いつの間に……」


 膝をつき、懐中時計を拾い上げる。


 冷たい金属の感触。

 ずしりとした重み。

 見覚えがあった。

 夢の中の『オスカー』が身につけていた懐中時計だ。


 震える指で裏返す。

 裏面には見たこともない文字が刻まれていた。

 その瞬間、世界が反転するような感覚が襲う。


「夢じゃ……なかった」


 脳裏に封じ込められていた記憶が一気に溢れ出す。


「僕は勇者……あの女を倒すために召喚された、魔王軍の勇者……」


 * * *


 昨夜、夢に現れたザルバスと名乗る老人。


《おぬし、この女を知っているな?》


 その言葉と同時に真琴の脳裏に浮かんだのは、広瀬あかりによく似た少女の姿だった。


《ああ、言わんでもいい。この女への強い憎しみを追って、世界を超え、おぬしを見つけたのだから》


 少女の姿は広瀬に似ている。いや、だいぶ幼い。


 だが、そんな事はどうでもよかった。


 胸の奥で膨れ上がる感情の方が問題だった。


 怒り。


 憎しみ。


 理由も分からないまま、それらは黒い濁流となって心を満たしていく。


《おぬしの願い。呪い。願望。おぬしの望む形とは違うかもしれんが、わしなら叶えられる》


 ――なんでもいい。


 理屈など知らない。違った形でも構わない。

 この感情を吐き出せるなら、何もかも差し出してやる。


《よし。分かった。契約は成立した。お前は魔王軍の勇者だ――》


 ザルバスの灰色の目が赤く輝く。


 耳元で、かすかな軋みが響いた。


 それは世界そのものが歪む音のように聞こえた。


 * * *


「黒森さん?」


 背後から声をかけられ、真琴はびくりと肩を震わせた。

 振り返ると、人事部の若い女性社員が立っていた。


 名前は知らない。


「すみません。ちょっと、ぼんやりしてて……」


「凄い汗ですよ? 体調、悪いんですか?」


 そう言って彼女はハンカチを差し出した。

 真琴は手で制すると、自分のハンカチを取り出して額を拭く。

 

 その間に懐中時計は素早くポケットへ仕舞った。


「それより、僕に何か御用でした?」


「いえ、次長が黒森さんを探されてましたので……」


「わかりました。ありがとうございます」


 短く礼を言い、その場を離れる。

 不安そうに見送る女性社員の視線が背中に刺さった。


 だが、真琴は気にならなかった。


 むしろ笑みが浮かぶ。

 ポケットの中の懐中時計にそっと触れる。

 冷たい金属の感触は、確かにそこにあった。


 ――夢じゃなかった。


 その事実が、奇妙な安堵と高揚感を同時に生み出している。

 ポケットの中の懐中時計は、現実の重みをもってそこに存在していた。


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