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TS猫耳銃士戦記~俺が痩せれば魔王も倒せるらしい~  作者: 頑田むぅ
第二章『アルバベールの首輪』
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第086話「……ほんと、いい娘なんだよなあ」

 会社のビルに駆け込むように入った。開発室の前では社長と米田原営業部長が待ち構えていたが「これから原因を調査するんで」と伝えると「頼んだよ」と尾本の肩を叩いて早々に立ち去った。


 ブラック企業とはいえ、空気を読めるだけまだマシかもしれない。あるいは、ここで尾本の機嫌を損ねれば会社に不利益が及ぶのを嫌っただけかもしれないが……


 開発室に入るとインカムを装着し、広瀬に電話をつなぐ。

 ワンコールする間もなく電話を取ってくれたあたり、ずっと電話の前で待っていてくれたのかもしれない。

 しかも、向こうからビデオ通話に切り替えてくれた。

 緊急事態の真っ只中ではあるが、広瀬は真っ先に笑顔を見せてくれる。数日ぶりとはいえ、頼もしい相棒の顔を見ると安心感が大きい。


「すまん。やっと会社に着いた」


《お疲れ様っス。とりあえず、ルーターのランプを確認してください。通電しているか知りたいっス》


 広瀬の問いかけに、尾本はデスク横の収納棚へ目を向けた。

 問題のルーターは普段ほとんど気に留めることのない場所でひっそりと稼働している。黒い筐体にはうっすらとほこりが積もっていた。


 尾本は腰をかがめてランプをじっと見つめる。


「電源ランプは……ついてるな。ん? あれ?」


 確かに電源ランプは点灯しているが、ふと妙な違和感を覚える。

 

 何とも言えない酸っぱいような匂いが鼻をかすめた。その瞬間、昨夜お弁当を持ってきてくれた女神の言葉が脳裏をよぎる。「酸っぱい匂いがする」と彼女も言っていたではないか。

 臭いの元を辿るまでもなく、それがルーターから漏れ出していることがはっきり分かる。


「ルーターから酸っぱいような、なんかケミカルな匂いがする。しかも、昨夜からしてたかもしれん」


《酸っぱいような、ケミカルな匂い? コンデンサがパンクして電解液が漏れてる?》


「すまん。超わかりやすく言うと、何なん? 俺が今一番恐れてるのはウイルスとかなんだけど」


《ウイルスじゃなくて、ハードウェア的な問題かと。たぶん、ハードウェアの寿命っスね。私が入社する前から使われているルーターですし、絶対に経年劣化っスよ。まあ、私もハードウェアは専門外なんで、あくまで推測ですけど》


「言われてみれば、いつから使ってるルーターなのか、俺にも謎だわ……」


 設置したのは既に退職している先輩社員だ。


《状況から考えると『寿命で心臓が急停止した』って感じじゃなくて、虫の息ってところっスかね。ネットワークが繋がったり繋がらなかったりする理由も、それならしっくりくるんスよねー》


「マジか……俺、運が悪すぎだろ」


《いや。そうとも言いきれないっスよ。電解液が漏れて基板に広がっていたら、最悪の場合は火事っス。スプリンクラーが動いてたらって考えたら、256倍はラッキーだったっス》


 確かに、スプリンクラーが動いて開発室のPCや電子機器に水がかかる光景を想像すると背筋が凍る。


「そうだな。不幸中の幸いだったと思っておこうか。そんで、こいつはコンセントを引き抜いとくのが正解なのか?」


《そうっスね。ここまでくると大本おおもとから電源を切っといた方が安全っス》


 尾本は小さく息を吐きながら、ルーターの電源ボタンをそっと押す。

 わずかな「ピッ」という電子音がして、ルーターが機能を完全停止した。次にコンセントに手を伸ばし、慎重に無停電電源装置から引き抜く。


「……御臨終ごりんじゅうです」


《お悔やみ申し上げます》


「恐れ入ります」


 尾本と広瀬は息を引き取ったルーターに合掌した。


「……さてさて、この後なんだけど、新しいVPNルーターを買ってきて交換って事でいいか?」


《それしかないっスね》


「情けない話だけど、俺は本当にハードウェアとネットワーク周りの分野の知識が浅いぞ?

 ルーターを買ってくるのはいいけど、設定とか大丈夫なのかな」


《正直に言うと、私も経験はほぼ無いっスね。大学生の頃に一回やったことがあるぐらい。私らソフト屋は余計なことはしないで、専門家に頼むのが理想的なんでしょうけど……

 そうも言ってられない感じっスか?》


「早く終わらせないと営業部が、ゴチャゴチャ言ってくるのは目に見えてるんだよなあ。それと、俺も早々にネットワークが使えないと困るという事情があるんだけど」


《何かあったんスか? まさかこのタイミングで追加案件とか》


「……いや、なんでもねえ。ところでルーターの購入から設定、復旧までに何時間かかると思う?」


《私らのスキルや知識、状況を考慮して……ふたりがかりで三時間程度かと》


 ちらりと時計を確認する。時刻は既に16時を回っていた。

 社内ネットワークを復活させてから残された業務に着手……今夜は家に帰れそうにない。


「よし! そんじゃあ、自分で問題を解決させる方向でいこう。VPNルーターはどこで買えばいい?

 値段は無視だ。一番近い所で」


《土曜に先輩と行ったショッピングモールがあるじゃないっスか?

 そこの二階の家電量販店に行ってください。VPNルーターが売ってあったのは確認してます》


「そんなのチェックしてたのかよ」


《あの日は早くモールに着いてたんで、暇つぶしがてら見てたんスよね。それに、弊社備品の老朽化は前から気になってたんで……ただ、このタイミングでの故障はさすがに予想外だったっスけど》


「年頃の若い娘さんが家電量販店で、ネットワーク機器の下見って……」


《先輩は私に何を求めてるんスか?》


「いや、求めるも何も――」


 尾本は言いかけて止まった。広瀬は技術者としても社会人としても文句なしだ。

 しかし、ふとした瞬間に思う。彼女のような有能な若者がこんな職場で使い潰されるような未来だけは、どうにか避けないと。


「――休みの日はちゃんと休め。お前みたいに優秀な奴ほど、休むの忘れるからな」


《そっくりそのまま、先輩にお返ししますけどね》


「俺はいいんだよ。おっさんだから」


《まったく……先輩とはその辺の事について、いっぺん腰据えて、本気で喧嘩しないとダメみたいっスね》


「お? なんだ? やんのか? 喧嘩を売るなら買うぞ?」


《本日は喧嘩のご購入、誠にありがとうございます。首を洗ってお待ちください》


「領収書くれ! でも、その前にルーター買ってくるわ」


 広瀬は少し間を置いてから、ふっとモニター越しに笑った。


《お気をつけて》


 尾本は少し肩をすくめながら電話を切った。


「……ほんと、いいなんだよなあ」


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