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TS猫耳銃士戦記~俺が痩せれば魔王も倒せるらしい~  作者: 頑田むぅ
第二章『アルバベールの首輪』
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第084話「夏が来ても嬉しくなくなったのは、いつからだったっけ?」

 尾本は駅近くの公園で弁当を広げる場所を探していた。時刻は既に15時。

 これから昼休みなのかと思うと惨めな気分にもなるが、その手には女神お手製の弁当がある。よって社畜の惨めさは女神弁当によって相殺された。いや、むしろ女神弁当の勝利といっても過言ではないだろう。

 そう考えると、耳障りな蝉時雨せみしぐれもまた、女神弁当の勝利を祝う歓声にも聞こえてこなくもない。


 ――などと馬鹿な事を考えているうちに、ちょうどよい木陰のベンチを見つけて、腰を下ろした。


「やれやれ……」


 遅い昼休みにはなってしまったが、これで大きなタスクがひとつ片付いた。

 まずは喜んでいいだろう。


 自販機で買った冷たいお茶を一口飲み、ようやく喉を潤して一息つく。

 噴水の水音が微かなリズムを刻み、日差しを避けた木陰には、わずかな涼風が迷い込んできた。

 お弁当の包みを開くと、唐揚げの香ばしい匂いがふわりと漂った。


「お前さん、ひょっとして唐揚げさんじゃないかい? まさか、また会える日がくるとは!」


 一口食べると、スパイシーでジューシーな鶏肉の旨味が口いっぱいに広がった。

 添えられたレモンを少し絞ると、さっぱりとした風味が加わり、さらに箸が進む。


「こりゃ、美味い。唐揚げを食べたのって何日ぶりだろう?

 以前だったら毎日のように食べてたからなあ……」


 三十回数えながら、咀嚼そしゃくしながら唐揚げの弁当を堪能する。コンビニやスーパーの油っぽい唐揚げとは違う、丁寧に作られた味わいに荒みかけた心が少しほどけた気がした。


「しかし、唐揚げは揚げたてで食べたかった。そんでもってビール飲みてぇ……」


 漏れたつぶやきは、蝉時雨と噴水の音にかき消される。

 唐揚げの余韻がほんの少しだけ残る間もなく、頭の中に次の仕事が押し寄せてきた。

 帰社すれば、また厄介でブラックな案件が待っていることを思い出し、尾本は小さくため息をついた。

 そして、そのタイミングを狙ったかのように脱いだジャケットの胸ポケットでスマホが振動する。


「このタイミングで電話してくるのって、どうせ米田原よねたばる部長だよな」


 思わず鼻で笑い『弁当を食べ終わるまで絶対に出てやるものか』と誓ったのだが、腕に装着したスマートウォッチも同時に振動していることで、着信があっているのが社用携帯ではなく個人用スマホだということに気づいた。スマートウォッチの画面を見れば『発信者:広瀬あかり』と表示されているではないか。


「もしもし。どした、広瀬?」


 ジャケットからスマホを取り出して電話を取る。


《先輩、今、会社ですか? それとも外ですか?》


「外だよ。納品は終わったんだけど、そのまま会社に戻る気になれなくてさ。今、少し寄り道して駅前の公園で弁当食ってたんだわ。それより聞いてくれよ、広瀬。米田原部長がさあ……」


《先輩、雑談は後で! かなりヤバい事になってるかもしれないんで》


「うん? 俺なら既にヤバい目にあってるけど?」


《真面目な話ですって! 本部のネットワークが変なんですよ。回線が不安定になってて……

 今、リモートで本部の私のPCに繋いで状況を調べようとしたら、繋がった瞬間に切断されました》


「……嘘だろ?」


 夏の暑さに逆らうように、体が凍りついたような感覚に襲われた。

 真っ白になった頭に、蝉の鳴き声が異様に響く。


《ネットワークに繋がったり、繋がらなかったり。安定して繋がったかと思えば、今度は速度が出なかったり。そして、時間経過とともに徐々に症状が悪化している印象もあってですね。もしかしたら【VPNルーター】に何かあったんじゃないかと――》


 VPNルーターとは、会社のネットワークと外部を繋ぐための、とても大事な機械だ。


 会社をひとつの『街』に例えると分かりやすいかもしれない。「街の中(社内)」には、たくさんの「データ」が集まっている。 その「データ」が、安全に「街の中(社内)」や「街の外(社外)」を行き来できるようにするためには『信号機』と『検問所』が必要だ。

 これらの『信号機』と『検問所』を管理しているのが【VPNルーター】だと考えるといいかもしれない。

 もしVPNルーターが正常に機能しなくなると、『信号機』と『検問所』がうまく働かず、街は大混乱に陥る。また、場合によっては、外部からの悪意ある者の侵入を許してしまうこともあるだろう。


 だからこそ、【VPNルーター】は街(会社)を守るための『命綱』のような存在なのだ。


「……マジか。俺、ハードウェアは専門外だぞ」


《私が電話でサポートするっス! まずは会社に戻って状況を確認してください》


 尾本は電話を切ると、そっと弁当の蓋を閉じた。


「せっかくの唐揚げが……俺の女神弁当が……」


 泣きたいのを我慢して急いで公園を出ると、電車に飛び乗った。

 そうこうしているうちに社用携帯が鳴る。発信者は米田原部長。電車の中で電話に出られずにいると、すぐにメールが飛んできた。内容は「みんなのパソコンが何もしてないのに壊れました。急いで帰ってきてください」という、いかにも〝何も分かってなさそう〟な内容。

 ただし、文面から察するに弊社営業部もネットワークの異常に気がついたといったところか。

 つまり、社内全体におよぶネットワークの障害……こうなると、ますますVPNルーターが怪しい。


『今は電車の中です。急いで会社に戻ってます』


 短い返信を送ると、ため息が漏れた。ネクタイを緩め、車窓から外を眺める。

 今日も太陽は白く輝き、積乱雲を浮かべた澄んだ青空がどこまでも広がっていた。


「夏が来ても嬉しくなくなったのは、いつからだったっけ?」


 爽やかな景色とは裏腹に、心の中だけはどんよりとした暗雲が立ち込めているように感じられた。

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