Re: 前編
ロイヤーは社長室に案内された。
社長室には二人ともう一人。中年の魔法使いが一人いた。
「ロイヤーくん。私は、君を即戦力として獲得した。君にはいち早く現場に出てもらいたい」
「はい」
「うちでは経験の浅い魔法使いは、先輩とバディを組んでもらうことにしている。本来は一人で実績を上げてからすることだが……君は大学時代に十分実績がある。すぐに現場に慣れるだろう」
「はあ……」
そして社長は隣にいる中年の魔法使いを紹介する。
「ジェームズ・フォッサムくんだ。フォッサムくん、彼は優秀だがまだ新人だ。お手柔らかに頼むよ」
「わかってますよ社長」
「よし、じゃあロイヤーくん。フォッサムくんから現場でのあれこれは聞いてくれ」
そして二人は社長室を後にする。
「あの、よろしくお願いします」
「ああ……そうだな……一旦外に出るか」
「?……外ですか?」
二人はロンドンの街に繰り出した。
「ロイヤーくん……だっけ?」
「はい」
「ロイヤーくんは、魔法使いの仕事ってなにか知ってるか?」
「……ドラゴンを倒すことです」
「概ね正解だ」
「じゃあなにが仕事なんですか?」
「鋭いな。さすがゴールデンルーキー。そうだ……例えば……」
ジェームズはふとタバコの吸殻が落ちているのを見つけると、杖を取り出して魔法で持ち上げた。
魔法によって持ち上げられた吸殻は空中でくしゃりと潰れると、少しの火の粉を吐いて意気消沈する。
そして手元からビニール袋を取り出して、その袋の中にしまう。
「精密ですね」
「これでも魔法使いだからな。この年齢までやってこれてるのには訳がある」
「で、これは仕事なんですか?」
「もちろん仕事だよ。魔法使いの性分は所属の街を守ることだ。この吸殻から火事が起きることだって有り得る」
ロイヤーは眉をひそめた。言っていることはわかっているが、なにも魔法使いがそれをすることではないと考えていた。
「君今『それ魔法使いがやることじゃないよな』とか思ったでしょ」
「思いました」
「素直だなぁ。やっぱりドラゴンと戦いたい?」
「いえ、ドラゴンを一匹残らず滅ぼしたいんです」
ジェームズはおどけたように眉を上げる。
「感心だねぇ。でも、そうも言ってられないよ。灯台もと暗しだ。何事も、基礎を疎かにしちゃいけない。タバコの吸殻一つ制御できないようじゃ、ドラゴンに正確に魔法を撃てる訳ないからね」
途端にジェームズの持っている袋がいっぱいになる。
驚いて中を確認すると、それは全てタバコの吸殻だった。
「……首席は伊達じゃないみたいだな」
「僕はこんなところで足踏みしているわけにはいかない」
ロイヤーの表情はさらに一段階強ばった。
「焦るなルーキー。まだ先は長い。なにせロンドンは……広いからな」
その日二人はは一日中ゴミを拾っていた。
その間二人は魔法の制御についてなど雑談をしながら、日暮れまでロンドンをブラついていた。
ロイヤーは納得いかなかったが、付き合ってしまったものは仕方がない。
明日になれば、ドラゴンを討伐させてもらえるだろう。
そう考えていた自分が甘かった。
「よーし、ロイヤー。今日は介護施設行くぞ」
「……は?」
「これも街を守る仕事だ」
そうして二人が向かったのはチェルシーの介護施設。
「はーいおばあちゃん。ちょーっと浮きますからね〜」
車椅子に乗った老婆が車椅子ごと浮かび上がって、ゆっくりと下の階へと降りていく。
ジェームズは杖を丁寧に操って車椅子を下の階に置いた。
ロイヤーはその様子を階段の踊り場から見ていた。
「ありがとねジェームズ」
「いえいえ。さあ、ご飯食べましょう」
その姿を見てロイヤーは不満が募る。
「ロイヤー、お前は上でベイカーのじいちゃんの昔話でも聞いてやってくれ」
「……」
ロイヤーは無言で上の階へと向かう。
「ワシも若か頃はようドラゴン退治ばしとったばい……あれは忘れもしぇん……四十年前ん今頃ん話や。ワシも若うて自信に満ち溢れとった」
ベイカーさんと紹介された老爺は得意げに話をしていたが、年寄りの滑舌の悪さに加えて強い方言が聞き取りを困難にしている。
ふと、ロイヤーが窓の外を見てみると、ドラゴンが魔法使いに追われていた。
そんな外の風景を見ていると、そこに対して劣情が込み上げてくる。
老爺の話はまだ終わらない。
次の日──
「ロイヤー。今日は早いぞ。支度は早くしろ」
「……え?」
「今日は小学校だ」
「はあ……」
「ねえアレやってよジェームズ!」
地域の朝食クラブに顔を出した二人は、すぐさま子どもに囲まれる。
特にジェームズ渾身の魔法は子どもたちに評判がいい。
「いいぞ。それっ!」
ジェームズがじゃがいもを少し投げあげると、じゃがいもの皮が鮮やかに剥かれる。
その様子はまるで自分から皮を脱いでいるような錯覚さえ与える鮮やかなものだった。
「すごーい!」
「魔法すげえ!」
その離れ業を見た子どもたちは大はしゃぎだ。
「はいはい、この魔法のじゃがいもを入れて、カレーを出してやるからな〜」
「楽しみー!」
「やったー!」
子どもたちがはしゃいでいる中、ロイヤーだけは斜に構えたような態度だ。
「ねえねえ、お兄さんはあれできるの?」
一人の女の子がロイヤーに尋ねる。
「あれのこと?できるよ。魔法使いなら誰でもね」
「えーやってよ」
「いいよ。よーし──」
ロイヤーが自分の技巧を見せようとしたその時だ。
「おーいみんな、カレーができたぞ!」
ロイヤーが技巧を披露するよりも先に、主役のカレーが出来上がった。
「わーい!」
「俺一番ー!」
「ずるい!あたしが一番だもん!」
「おいおいおい、順番こだぞ。みんなの分あるからな〜」
主役のお出ましに、子どもたちは皆カレーに寄っていく。
それはロイヤーに声をかけてきた少女も例外ではない。
杖が下げられて、ロイヤーはカレーを食べる子どもたちを見つめていた。
杖が折れそうなくらい強く握られる。
「なんなんですか!」
小学校からの帰り道、ロイヤーはその苛立ちをジェームズにぶつけた。
「なにが?」
「僕は魔法使いですよね?なのに……なんでこんな事ばっかり!」
「街を守るのが仕事。それは、なにもドラゴンを倒すことだけじゃない」
「そんなことはわかってます!僕が言いたいのは、ドラゴンを倒すことも魔法使いの仕事だと言うことです!」
「それはそうだ。でも……お前にはまだ早い。この段階でドラゴンと戦う新人なんていない」
「僕は早く現場に出るべきなんでしょう?だったら尚更、ドラゴンを討伐することが、僕にとってできる最大の仕事じゃないですか!」
「身の程を知れ!」
初めてジェームズに怒鳴られ、ロイヤーは少し驚く。
ジェームズは「……ハァ」とため息を一つついてから、自分の背中に背負ってあるライフル銃をロイヤーに握らせてみる。
ライフル銃は形こそ普通。なんの変哲もない代物だが、要所にオレンジ色の宝石が装飾されている。
「これは?」
「俺の仕事道具だ。丁寧に触れ」
ジェームズの注意を聞くと、ロイヤーの手つきが少しだけおぼつかなくなる。
「それを持って訓練場に来い」
「……」
普段はヘラヘラしているジェームズの声には、その時だけどこか言葉の重みを感じた。
先輩としてというより、同じ魔法使いとして語りかけてくるような。そんな、重みが──
訓練場には三つの円形の的が用意されていた。
「俺が合図したらその銃であの三つの的を撃ち抜いて見せろ」
「わかりました」
その返事の後に場内に静寂が訪れた。
「やれ──」
その合図が聞こえた途端、ロイヤーの右手が引き金を引いた。
あっという間に銃は三発の弾丸を吐き終えて、三発すべてがそれぞれの円形の的の右端。それも、似たような──それどころかほとんど同じ位置に命中した。
「さすが……腕は一流か」
「これでわかりましたか?僕はドラゴン討伐に向かってもいいですよね?」
ロイヤーが自信満々に問いかけてくる。
「ああ、よーくわかったぞ」
ジェームズが薄ら笑みを浮かべながら評価を下す。
ロイヤーは待っていた答えが来ると思っていた。
「やっぱりお前にはまだ早い。これは現場で戦った魔法使いとして、今のお前を分析した結論だ」




