だから君は 前編
雨が降っている。
先程までこの地にハリケーンが来訪していたので当然ではあるが、そうではない。
かのドラゴンの巨躯がイギリス海峡に落下して、それにより生じた大規模な水しぶきがこのポートランド島に降り注いでいたのだ。
かつてハリケーンを構成し、空を無彩色に染めた雲たちは、親を失うと散り散りにどこかへ去っていこうとする。
そして散っていく雲の狭間からは、因縁に決着をつけたロイヤーたちを賞賛するような太陽が、世界を照らすのだった。
天気雨に当てられながら、ロイヤーはただ息を切らしながら晴れ渡る世界を見つめる。
視線の先には水平線を遮るようにドラゴンが横たわり、ロイヤーは浅瀬へと歩み出す。
二十メートルの巨体は今や亡骸となっていて、呼吸などもしていない。
顔はロイヤーの腰ほどの浅瀬の下に沈んでいて、その姿は敗者に相応しい。
この亡骸に近寄ったということは、魔法石を取り出すのだろう──ミリーがそう思ったのも束の間、ロイヤーは水中のドラゴンの顔を蹴りつける。
「な、なにしてるの!?」
ロイヤーの後を追って浅瀬を進むミリーは、その奇行に驚きを隠せなかった。
「このくらいしないと、許せないんだ」
「許せない……?」
「そうさ。このドラゴンは……僕の父さんを殺した。僕ら家族の幸せを奪った。このくらいしないと……気が済まない!」
「……そうだったんだ……ねぇ、魔法石……取らないの?」
「魔法……石?」
そういえば忘れていた。
ドラゴンからは魔法石が取れる。そんな話を昔本で呼んだ記憶がある。
「魔法石はドラゴンの象徴。それを取ることが、あなたのお父さんの敵討ち……になるんじゃない?」
そう言われても、ロイヤーは呆然としていた。
ロイヤーが特に反応を見せないので、ミリーは次にわざとらしくドラゴンを見渡してみて、口を開いた。
「うーん、こんなに大きな身体のドラゴンだと……一人じゃ取り出せないだろうなぁ……ねえ、あなたも手伝ってよ」
「……僕ですか?」
「他に誰がいるの?」
ミリーはおかしそうに笑って、サバイバルナイフを取り出す。
だが従来のものよりは遥かに大きい。
まるで包丁がサバイバルナイフのように折りたたんで携帯できるような、そんな代物だった。
しばらくの間、二人はドラゴンを解体し、汗とドラゴンの血を海に溶かした。
水面が赤く染まる。
「あれ〜。おかしいなぁ。ここにもないんだ……」
ミリーがボヤいたその時。
「あの……」
ロイヤーがミリーに尋ねる。
「これですか?魔法石」
ロイヤーの手元にはまだ磨いていないにも関わらず、鮮烈に光を放つ魔法石の原鉱が存在していた。
「あー、それそれ!どこにあったの?」
「左足です」
「左足?そんなところに急所があるなんて……ほんとに不思議……」
ミリーは不思議そうな表情でドラゴンの亡骸を眺める。
「それで……これは……」
ロイヤーが手を差し出す。
「それ?……あなたが持っていればいいじゃない」
ミリーが笑って返答する。
「え……」
しかし、ロイヤーは少しの戸惑いがあった。
「トドメを刺したのはあなたなんだし、あなたが持つべきよ」
「でも……」
「大丈夫よ。私はあなたに持っていて欲しい」
「……」
実はロイヤーはこの魔法石を持っていることが嫌だった。
だが、彼女の熱意に押され、魔法石をバッグにしまう。
「そういえば、あなたの名前を聞いてなかった。教えてよ、あんなすごい魔法を撃てる魔法使い、そうそういないし」
「……ロイヤー……です。ロイヤー・J・ウィリアムハート」
その時、ミリーはハッとする。さっきの懐かしい雰囲気、あの慎重さ、そしてこのファミリーネーム、その全てに合点がいった。
「そう……そうだったんだ…………あなたは……あなたはきっと……立派な魔法使いになるよ……」
ミリーがそう励ました。今日のどのセリフよりも、声が震えていた。
「急にどうしたんですか?」
「なんでもないよ……ちょっと、昔のことを思い出しただけ……」
ミリーの頭の中には様々な事がよぎり続けた。
あの人との短いけど、任務が楽しかった日々。
上司としても、人としても、彼を尊敬していた。
気がつけば涙が止まらなかったが、ロイヤーがその真意を知ることはなかった。
雲の消え去った空には、澄んだ青がどこまでも続いていて、ブリテン島には再び平穏が訪れた。
その後ロイヤー達は遅れてきた討伐院の面々に事態を報告。
その過程でこの討伐は大規模災害ドラゴンでありながら、僅か三名での討伐。
殉職者はたった一人という快挙での討伐となり、討伐院を驚愕させたのだった。
そして──あれから半年。
ロイヤーはゴールデンルーキーとしての触れ込みに恥じない成績を記録していた。
前期だけでドラゴン討伐十五匹。
それは何十人と魔法使いの所属するピカデリーの中でも二番目に多い数字で、名門ピカデリーでも新人の歴代最多討伐記録も塗り替える偉業だった。
そんな彼は今、ロンドンの丘の上にいる。
辺りには十字架の模様があしらわれた墓石が並び、この丘は墓地であるのだと分かる。
そして、今日はここに新たな住人が一人加わる。
「ここですね」
神父が一つの墓石を指さした。
その墓石に刻まれた名前は『ジェームズ・フォッサム』。
彼の墓石が完成し、ようやく永久の眠りにつくことができたのだ。
彼の亡骸は既に撒かれた後であり、もうこの墓石以外に彼の面影はどこにも感じることはできない。
ロイヤーが墓石の前で膝まづくと、神父は少し距離をとった。
「……お久しぶりです。今日はジェームズさんにお渡ししたいものがあって来ました。ついでに、お話も」
墓石はただ静かにそこに佇んでいる。
ロイヤーはポケットから取り出すと、それを墓石の前に置いた。
ロイヤーの手から離れると、それは自らの色でぼんやりと太陽光を反射する。
あのライフルについていた魔法石だ。
「なぜかは分からないですが、ライフルを握った時に、ジェームズさんの元に置くべきだと感じたんです。もし魔法石の声が聞けたなら感想の一つでも聞いてみたいですが……生憎自分には、才能がないようで……」
ロイヤーは自虐的に笑った。
「本当は……ドラゴンが憎い。魔法石すらも使いたくないくらいに憎いんです。僕たちの大切なものを奪っていくあいつらが……。そして、あなたもそうだって、失ってから気づいたんです……」
ロイヤーは話していると胸の奥がスッとしたような苦しくなったような──そんな気がして俯いた。
「今日あなたに会いに来たのは決意表明なんです。僕がドラゴンに負けないという決意に、あなたを使わせてほしい」
ロイヤーの瞳は熱をもっていた。
「僕は今、天才魔法使いと呼んでもらってますが、そんな気はしません。今からより高みを目指します」
彼がそう言い切ると、墓地には一つ風邪が強くなった気がした。
その風は、ロイヤーの背中を押すように吹いている。




