だから君は 後編
ジェームズへの挨拶と魔法石から受けた使命、そして決意表明を完遂してロイヤーは会社へと戻っていく。
そして通りを曲がろうとした時、交差点の手前にあるハンバーガーショップの看板が目に入った。
「……昼食には悪くないかもしれませんねぇ」
そんなことを考えていた時だ、彼は知った顔を見かける。
「あれは、リチャードくんじゃないですか」
確か今の今まで一匹もドラゴンを討伐したことがないとある意味評判だ。
同じロンドン生まれロンドン育ち。
それも大学から入社まで同じ経歴と来たので気にかけていたが、どうやら期待外れもいい所だったようだ。
「ロンドン育ちだというのに、魔法使いへの憧れはその程度ということなんでしょうか」
呆れて少しため息混じりに独り言が出る。
少しだけ気持ちが萎えた。他のところへ向かうとしよう。
そんなことを思った次の瞬間、ロイヤーの全身にゾワっとした緊張感が走る。
このワナワナとした感覚──体に感じたのは"あの時"以来だ。
杖先の魔法石に目をやった。薄青の魔法石はいつもと変わらず太陽光を鮮やかに反射している。
いつでも臨戦態勢だ。
一体どこに──
嫌な予感がする。だが変だ。ドラゴンの来襲を感じるのに見当たらない。
当たりを見回してみる。
この日常のどこかに、あの災害に並び立つようなドラゴンがいる。
そして彼の視線が止まったのはさっきまで見ていたハンバーガーショップ。
リチャード・オブライエン──の向かいに座る少女。
ロイヤーはその少女へ視線が釘付けになっていた。
「ドラ……ゴン……」
杖を手に取ろうとした。
しかし彼は杖に手をかけるだけで、構えたりはしない。いや、ロックがかかったように踏みとどまったと言うべきか。
この街中でいきなり魔法を放つことへの抑止。
そんな高尚なことではない。
あの使えない魔法使いはなぜ悠長にドラゴンと共に飯を食らっているのか。
ドラゴンを倒すはずである男がなぜドラゴンにトドメを刺そうとしないのか。
にわかには信じ難い。
人の形をしたドラゴンだ。そんな形状のドラゴンは聞いたこともないが、もしかしたらそれ故にリチャードは気が付いていないのではないか?
だとしたらどこまで使えないのだろうか。
ロイヤーはふつふつとした苛立ちと、その怒りを抑え込む超える不思議な感情に支配されていた。
しばらく彼らに目を奪われた後、ロイヤーは足を会社へと向ける。
夕日のさす社長室にふと鳴らされる三度戸を叩く音。
「入れ」
返事を聞いてロイヤーが室内に入ってくる。
「おお、ロイヤーくんじゃないか。どうかしたのかね?」
社長は訪れたのがロイヤーだと分かるなり態度が柔らかくなる。
社に現れた期待の新生。
彼はロイヤーの事を甘やかしている節があった。
「いえ、少しお話がしたくて……その……リチャード・オブライエンについての事なんですが……」
その名前を出すと、社長の顔がスっと強ばっていく。
「彼なら心配するな。一週間以内に結果を出せなければクビなんだ」
「いやっ……その……」
ロイヤーは何かを言いかけたが、口がその先を言葉にしなかった。
また体が自制させるような不思議な感覚。
社長はそんな感情や感覚を知るわけが無いので、彼の表情を覗き込むと質問する。
「……なにかリチャードくんが、問題でも?」
何故か、答えられない──
「いえ……少々意識が低いように……見受けられたので……」
社長の表情が強ばった。
「……そうか。戻ってきたら尋ねてみよう」
社長はそう切り上げる。
ロイヤーはおじきをして社長室を後にし、家路に着いた。
その間もロイヤーの頭にはリチャードの奇行への疑問と自身の不思議な感覚が未だに残り続けている。
ドラゴンは敵。
人間とドラゴンの戦いの歴史をしる以上、それは常識である。
特にロンドンで生まれ育った者であれば、それは理だと思えるほどに定着した概念だ。
しかし、あのリチャード・オブライエンはドラゴンと食事をしていたし、なによりもその表情は笑顔であった。
いくら落ちぶれていようと、あれほどの気配がするドラゴンなのだから気づいていないはずはないだろう。
それに──あのドラゴンはなぜ人を襲わない。
ドラゴンが人の敵であるのなら、人もまたドラゴンの敵と認識されているだろう。
その根底が揺らいだ。
もしかしたら、人とドラゴンは共存ができ──
「そんなはずがない!」
気がつけば、そろそろ家に着く頃だった。
夜半の道中でロイヤーはそう叫んでしまうと、現実に引き戻された感覚を持って自宅へと戻って行った。
ドアを閉めて、扉に寄りかかる。
「ドラゴンは敵だ……ドラゴンは人を憎むから人を殺すんだ……。共存なんてできないんだ……なぁ、そうだろう?」
彼の手に握られていたのはステッキの先についた青白い宝石。
あのハリケーンのドラゴンのものだ。
ロイヤーはこの思想に縋らなければ、誰を恨んだらいいのか分からない。
故に自らの扱う魔法石に何よりも強い憎しみを向けていた。
翌日、ロイヤーはどうしてもリチャードに意識が向く。
ドラゴンとの一件を知る以上、彼の一挙手一投足が気になって仕方がない。
しばらくするとリチャードは社長室へ呼び出された。
「あぁ〜。ありゃどやされるだろうなぁ」
ロイヤーは呼び出され方を見てなんとなく察する。
なぜそうなるかは分からないが、まさか自分の密告が原因とは思っていない。
しばらくするとリチャードが社長室から出てくる。
恐らくこれからドラゴンの一匹や二匹討伐しようなどと考えているのだろう。
彼は浮かない顔をしていたが、どこか自分の予想とは違う顔だ。
なにやら決意じみている。
「あ、リチャードくん!こんにちは」
咄嗟に声をかけてしまった。
「ロイヤーくん」
「調子はどうですか?ドラゴンは討伐できました?」
「いやぁ……それが……まだなんだよねぇ」
リチャードは目を逸らしながら、絞り出すように答える。
やはりあのドラゴンにトドメをさしてはいないようだ。
「アハハハ……リチャードくんには別の強みがありますし、まあそういうものですよ。自分も先程先輩に先を越されちゃいましてね。お互い、悔しい思いをするものですね」
別の強み──そんなふうに言っているが、あれは強みなどというものではない。
常識外れと形容する方が正しいだろう。
「では、外回り気をつけてくださいね。最近は物騒なドラゴンが多いですから」
「ありがとう。ロイヤーくんも気をつけてね」
「お気遣いどうも」
そうすると二人は別れ、ロイヤーは社長室へと入っていく。
「ロイヤーくん、どうしたんだね?」
「少し外回り行ってきます」
「……今日の君は午後は非番だろう?」
「ドラゴン討伐はいつ発生するか分かりませんから、僕も見回らせてほしいんです」
「そうか……関心だな。さすがはゴールデンルーキー」
社長は満足気に笑うと、ロイヤーを送り出した。
ロイヤーは社長室を出ると、リチャードを探し始めた。
ほうきにまたがり、力を込めればほうきはフッと飛び上がった。
ロイヤーがしばらくロンドンを飛び回っていると、向こうの雲がやけに黒い。
暗いではない。黒いのだ。
飛行機雲のように一直線に引かれた黒線。
そしてその向こうには、一人の魔法使いとそれを追って高速飛行するドラゴン。
頭より先に体が動いた。
ほうきを握る手に力が入ると、それに伴い杖の先の魔法石も魔力の流れを感知し、青と黒の空にじわじわと雲が湧き出した。
もうすぐ雨が降る。
ロンドン北部のチルターン丘陵に、雨が降り出した。
そしてその雨は魔法使いとドラゴンの戦闘にも影響を及ぼしていた。
強い雨のせいで視界が悪い。
ロイヤーはさっきまで空中戦を繰り広げていたリチャードとドラゴンを見失う。
彼はそんな悪天候の中で黒煙の残滓を辿る。
そして、彼はようやく目の前でリチャードとドラゴンを捕捉した。
だが、その時には既に決着は着いていた。
目の前でドラゴンが腹を切り裂かれていた。
ロイヤーはあんな戦い方は見たことがない。
腹を裂かれたドラゴンは、撃墜されたように地上目掛けて落ちていく。
リチャードはほうきの上で体制を立て直した後、地上へと降りていく。
彼の戦い方を見て、ロイヤーは確信する。
あの時とは違う、なにかチクリとした感情だ。
なにか考えていれば、その答えはふと頭の中に浮かんでくる。
「あのドラゴンならこの雨天時には遠距離攻撃の手段はない……なのに、なぜ近接戦に乗ったんだ……」
甘い──それが、ロイヤーの脳裏をよぎった言葉だった。
そしてその答えに気づいた時、不思議と彼は杖に強い力を込めていた。
杖に力が込められると、魔法石は杖先に小さな風の渦を生み出して、まるで風が剣の刃のように振る舞い出す。
雲を破り、黒煙を破り、かつてロイヤーが見たハリケーンのドラゴンに自分が重なるように──ロイヤーは晴れ間を作り出す。
そして、晴れ間の直下ではドラゴンの首が垂直にズレていった。
ロイヤーは風の剣でドラゴンの首を落としたのだった。
ふと我に返ると、目の前には怯えたリチャードがいた。
死んだと思っていたドラゴンが襲いかかってきたので腰を抜かしたようだ。
ロイヤーは彼の安否を心配した。
また一人自分の前でドラゴンが人を殺すのは見ていられなかったのかもしれない。
そう思うと体が勝手に動いたのも合点が行く。
リチャードに事情を伺いながら、ロイヤーは彼を助け起こした。
これで分かっただろう。
君はドラゴンに情けをかける。
近接戦に持ち込まず、遠距離から範囲的に魔法を掃射すれば、こんなことにならない。
ドラゴンに優しくすれば、必ず災いとなって返ってくる。
それなのに君はドラゴンに優しくする。
そんなだから君は──
苛立ちだろうか、あるいは未知なる感情だろうか。
昂りと心の底で見下していた内面が、強い言葉を口から吐かせようとする。
リチャードは酷く顔を歪めていて、その言葉を聞きたくないというのは見れば分かる。
だが、敢えてハッキリと、ロイヤーは言い切った。
「魔法使いに、向いてませんからね」
エピソードロイヤー【完】




