第98話 無畏のデカすぎる夢
これには、場にいた全員がド肝を抜かれた。
普通、大道芸に投げるおひねりなんて精々小銭数枚だ。
だからこそ、お盆の中には銅銭がチラホラと入っている程度だったし、何ならタダ見して逃げ出す客だってゴロゴロいる。
そんな場所に、拳ほどもある純金の塊をドカンとおひねりに投げ込む奴なんて、前代未聞だった。
雑技団の季一座の座長に至っては、驚きと嬉しさでパニック状態だ。
大急ぎで息子や娘たちを連れて駆け寄り、深々と頭を下げて感謝を伝えた。
無畏は懐からもう一つ金塊を取り出すと、ポイッと手渡した。
「はい、これもあげるよ! さっきお兄ちゃんたちの芸を見てすごく楽しかったからさ、僕もちょっと試してみたくなったんだ!」
座長は最初は目を輝かせていたものの、言葉を聞いて固まった。
彼のモヤシっ子みたいな細っこい体を上から下まで見つめ、恐る恐る尋ねた。
「お坊ちゃま……冗談をおっしゃっておられるのですか?」
無畏はさらに懐からゴソゴソと金塊を二つ取り出した。
「僕は生まれつき頑丈で、そこらの奴とはワケが違うんだ! さっきの芸を見てたら体がウズウズしてさ。安心してよ、石どころか刀や槍で叩かれたって、毛一本傷つきやしないんだから!」
座長は彼の言葉を半信半疑で聞いていた。
しかし、目の前には合計四つのどっしりとした金塊がある。
これさえあれば、自分も子供たちも一生余裕で暮らせるし、路上で体を張った芸を売る必要すらなくなるのだ。
座長は意を決して激しく頷いた。
(よし……この大バクチ、乗った!)
金塊をしっかりと懐に収めると、座長は取り囲む観客たちに向かい、四方へ丁寧にお辞儀をした。
「お集まりの皆様! こちらのお坊ちゃまは、並外れた絶技と凄まじい武芸の持ち主でいらっしゃいます! 」
「我らの大道芸をご覧になり、『自分もやってみたい』とおっしゃられました! それでは皆様、お坊ちゃまの神業をとくとご覧くださいませ!」
なにせ大金を貰っているのだから、無畏を持ち上げる口八丁手八丁にも力が入るというものだ。
―――
一方、伊蘭や伊貴たちはといえば、完全に面白がって高みの見物を決め込んでいた。
止める気なんてサラサラない。
小亀も無畏の正体が何千年何万年経っても傷一つ付かない最硬の器霊「無畏眼」だと知っている。
心配する理由なんて何一つなく、波有と並んで「高物見と決め込もう」とお気楽に構えていた。
しかし、事情を知らないギャラリーたちは穏やかではない。
無畏のあまりに幼く弱々しいな体つきを見て、「おいおい、大丈夫かよ」「子供になにさせてんだ」とハラハラしながら口々に騒ぎ立てていた。
座長は自ら無畏の上着を脱がせてやった。
だが、服を脱がせたら脱がせたで、まるでペラペラの白い紙みたいな細さが露わになり、余計に心配を煽る羽目になる。
波有はその滑稽な光景がおかしくてたまらなかったが、周囲に見られるのが恥ずかしく、小亀の背中にギュッと顔を押し付けた。
服の中に顔と爆笑を埋めて必死に耐えていたのだ。
小亀にしてみれば、空から降ってきたような突然の役得だ。
背中に伝わる彼女のぬくもりに、一瞬で全身から汗が噴き出し、顔も首も真っ赤に腫れ上がってしまった。
顔色の変わった彼を見て、伊貴が親身になって声をかける。
「甲ちゃん、大丈夫か? トイレに行きたいなら我慢するなよ?」
真っ赤なリンゴのようになった小亀は、蚊の泣くような声で呟いた。
「二師兄……大丈夫です……」
―――
広場の中央では、無畏がすでに上半身裸で長椅子に転がっていた。
座長が大きな石板を載せようとすると、彼は手で制した。
「おじさん、まずは刀と剣を一本ずつ置いて、その上に石を載せてよ!」
これには観客から悲鳴が上がった。
座長も目を丸くして尋ねる。
「お坊ちゃま、本気でございますか!? 本当に耐えられるのですか!?」
無畏はニカッと笑った。
「本当だってば! いいから乗せてよ、へっちゃらだから! さっき僕のこと『武芸達者』って紹介してくれただろ?」
座長は腹を括り、言われた通りに刀と剣を胸に置き、上からドスンと巨大な石板を載せた。
無畏は大声で叫んだ。
「よし! おじさん、思い切り叩き割ってくれ!」
座長の顔から血の気が引き、体はガクガクと震えていた。
しかし四つの金塊を思い出し、意を決して大ハンマーを振り上げた。
観客たちの悲鳴が響き渡る中——
ドカンッ!
凄まじい音とともにハンマーが振り下ろされた。
一瞬で静まり返る広場。
大勢の視線が集中する中、無畏は砕けた刀や剣、石の欠片をポイポイと床に放り投げ、長椅子からひょいと起き上がった。
小さな体をビシッと真っ直ぐ伸ばすと、さっきの逞しいお兄ちゃんと同じように両手をグッと高く掲げ、万雷の拍手と歓声を浴びたのだった。
これには伊蘭たちも口をぐうの音も出ないほどポカンと開けていた。
「人は見かけによらんもんだなあ……まさか俺たちの中で一番ヒーローの才能を持ってるのが、無畏だとはね!」
二師兄の伊貴が心底感心したように拍手を送る。
他のメンバーも「すごいなあ」と舌を巻くばかりだ。
―――
無畏は生まれて初めて、脳みそが痺れるほどの快感を味わっていた。
(やっぱり、思っていた通りだ! 外の世界って、なんて素晴らしいんだ!)
彼は服を着直すと、さらに胸のところから掴み出した金の塊を座長へ手渡した。
季の一家は涙を流して地面にひざまずき、「お命の恩人です、神様!」と何度も叩頭した。
砂漠を出る時、お宝の大半は地下宮殿に移したものの、そこら中に落ちていた金塊を適当に服に詰め込んでおいたのだ。
まさかこんなところで役に立つとは思わなかった。
伊貴たちを待たせるのが申し訳なかったからこれくらいでやめておいたが、時間さえあればもっと渡してやりたいくらいだった。
満面の笑みを浮かべて戻ってきた無畏に対し、小亀はジト目を向けた。
「……満足したなら、そろそろ行くよ?」
ところが無畏は、波有のことをじーっと熱い視線で見つめて離さない。
あまりの視線に彼女は背筋が寒くなった。
「ねえ、師弟の方を見て話しなさいよ! そんな目で見つめられたら怖いわ!」波有が叫ぶ。
無畏はくるりと向き直り、小亀を見つめながらポツリと呟いた。
「知ってるぞ。お前、波有の鱗を一枚、僕の主人にあげたんだろ? 」
「あのさ、もし、今度の人魚島で活躍したら、僕にも鱗をちょうだいよ」
みんな「……はい?」という顔で彼を見つめた。
「僕さ、自分の人生で一番大きくて、一番大好きで、最高の『夢』を見つけたんだ! さっきのおじさんみたいに、世のいろんな町を回って『胸元大石割り』のパフォーマンスをやるんだよ!」
「でも一人じゃ寂しいだろ? 波有の鱗なら、人間に化けられるし、すっごく美人だから、絶対にもっと客が集まって大絶賛されると思うんだ!」
おいおいおい!
まさか器霊のせいで、そんな壮大(?)な夢を抱いていたとは!
あまりの突飛さに、全員言葉を失ってしまった……。
しばらくして、波有が真面目な顔をして口を開いた。
「……痛いのが嫌なわけじゃないのよ。この前剥がれた鱗なら、師弟が保管してくれてるから一枚くらいあげるのは平気」
「でもね、人間の姿に化けられるようになるまで、すっごく長い時間がかかるわよ? 当然、人によって個人差はあるけれど」
そう言って、小亀に頼んで少し大きめの鱗を一つ選んでもらい、無畏に手渡した。
無畏は受け取った鱗を愛おしそうに胸に当てると、そのまま体の中へとすーっと染み込ませた。
「すっごく長い時間? 波有、冗談だろ? 僕は器霊だぞ。腐るほどあるのが『時間』なんだからさ!」彼はニヤッと笑ってみせた。
すると小亀がすかさず跳び上がり、無畏のもやし頭をポコンッと力任せに殴りつけた!
「物を貰った途端に生意気な口をきくな!」
伊蘭は大爆笑した。
「ハハハ! 義理の親に向かってそんな口をきく奴があるかよ! その鱗が大きくなったら、将来お前の嫁さんになるんだぞ? 波有に不躾な態度をとってたら、将来嫁さんにボコボコに叩きのめされるぞ!」
伊貴も腹を抱えて笑い転げた。
「違いない! 本当にその通りだな!」
―――
冗談はさておき、だいぶ時間を食ってしまった。
これ以上遅れるわけにはいかない。
一行は王都の門を出ると、人目につかない物陰へと向かった。
小亀がポケットから鶴の羽を取り出すと、瞬く間に大きな白鶴へと姿を変えた。
波有は不思議そうに首を傾げた。
「あれ? この前、師父たちが乗って通天山へ帰ったんじゃなかったかしら?」
「ええ。でも何故か、また僕の元へ戻ってきたんです」小亀が笑いかける。
伊蘭は白鶴の頭を優しく撫でた。
「本当、いい宝物だなあ」
白鶴は褒められたのが分かったのか、誇らしげに雪のように白い翼を大きく広げ、一行を乗せて澄み渡る青空へと飛び立った。




