第94話 二大強者の悪闘
言い終えると、無光は煽るように細めた目で笑いを爆発させた。
和白もまた笑った。
心の底からの可笑しさに満ちた笑い声だ。
「無光兄さん、ぴったりの言葉を贈らせてくれないかい? ——『可愛い』だよ。本当、すっごく可愛いよ君は! 欲しいお菓子が手に入らないからって、意地になってる頑固な子供そのものじゃないか!」
無光はハァとため息をついた。
「昔みたいに、楽しく語り合えれば良かったか! 僕だって君を傷つけたくはないんだ。島へ通してくれるなら、見逃してやる。そう提案したいのだが……無理な話だろうな?」
和白の表情にも、わずかに陰が差す。
「分かっているんだろう?」
「それなら、本当に残念だ」無光はもう一度ため息をついた。
脇に控えていた藍は、とっくに痺れを切らしていた。
「師兄と戦う前に、まず僕を倒してからにしな!」
彼が大きく叫ぶ。
「来い、我が剣!」
どこからともなく飛来した一筋の白光が、その手に収まった。
手元で光を放つのは、秋の霜のように鋭く曲がりくねった銀の蛇形剣だ。
剣は敵の殺気を察知し、ブルブルと歓喜の振動をあげていた。
無光の口元に、あざけるような笑みが浮かぶ。
「君たちの師匠も偏愛がひどいな。宝物の『星盤斗折剣』を藍に与えてしまうとは」
「僕たちの間を割こうとしても無駄だね! 師兄が譲ってくれたんだ!」藍が怒声をあげる。
無光はただため息を吐くばかりだ。
「だから和白とやり合いたくないのだ。善人すぎるのも困りものだな」
口ではそう言いながらも、手にはしっかりと『如意錫杖』を握りしめていた。
「せっかくだ、二大能者の法具同士で相見えようではないか。どちらが上か試してみよう」
―――
藍が放った疾風のごとき剣気に対し、無光は錫杖を真っ直ぐ突き出した。
落雷のごとき凄まじい轟音が響き渡り、続いて「バキッ!」という破断音が鳴り響く。
二人がぶつけ合った余波で、船の太いマストが真っ二つにへし折れた。
船倉には深い亀裂が走り、勢いよく海水が流れ込んでくる。
沈没までは時間の問題だった。
甲羅の上にいた小妖たちは悲鳴をあげ、次々と海へ飛び込んで周囲の船へと逃げ延びていく。
無光は手の中の錫杖を見つめた。
「やはり互角か。あの二人の老いぼれも、なかなかやるな」
師匠を「老いぼれ」呼ばわりされて頭に血が上った和白も、宝剣を抜き放ち戦闘へ加わった。
口の減らない無光に激怒した二人は、最初から容赦のない必殺の剣閃を繰り出していく。
しかし、二つの刃を相手にする無光には焦りの色一つない。
持っていた錫杖をグルグルと回し、まるで金の光の球体のように完璧な防御を崩さなかった。
しばらく打ち合いが続いた後、このままでは埒が明かないと悟った藍は、自分の腕を剣でサッと切り裂いた。
鮮血がたちまち刃を赤く染め上げていく。
主の血を吸った剣は、氷の結晶のような美しい模様を浮かべ、目が眩むほどの眩い寒気を放ち始めた。
彼は全身の力を込め、その剣を敵目掛けて投げつけた!
無光の目の前に迫る頃には、剣はまるで結晶でできた巨大な氷の山へと膨れ上がり、猛烈な吹雪を纏いながら頭上から押し潰さんばかりに降り注ぐ。
無光には逃げ場も遮る場所も残されていないように見えた。
三人が放つ闘気は、あたりの空気すら引き裂くほどに激しさを増していた。
加勢しようと歩み寄ろうとした戦勇や阿達すら、息が詰まって一歩も動けないほどだ。
船にいた小妖たちは、とっくに船を限界まで遠ざけ、巻き添えを喰らうまいと戦々恐々としていた。
―――
……さて、この激しい戦闘シーンは一旦ここまで。
カメラのレンズを少し切り替えて、砂漠の冒険から通天山へと無事に戻ってきた波有たちの話をしよう。
彼らは新しい仲間である「無畏」と「トニ」も連れ帰っていた。
まずは仙尊に砂漠での冒険談を詳しく報告し、雲英の腕によりをかけた絶品料理でお腹を満たした。
その後は温泉に浸かり、旅の疲れを心ゆくまで洗い流したのだった。
星盤仙尊は口では「騒々しい奴らだ」と小言を言いつつも、目尻のシワを下げて嬉しさを隠しきれず、ボロボロの扇子をパタパタと楽しそうに仰いでいた。
あのガキどもが、また帰ってきたのだ!
仙尊は波有たちに状況を説明した。
現在、和白と藍が人魚島で心魔の無光と対峙し、足止めのために時間を稼いでいること。
王都の石塔に閉じ込められた仮羅たちを救い出すなら、今が絶好のチャンスであることを。
それを聞いた波有たちは、すぐさま師父たちを救出するため旅立つことを決意した!
せっかく愛しい妻の元へ戻ってきた伊蘭としては離れがたい気持ちもあったが、パーティの大師兄として背負うものがある! 師父たちを救うためなら、立ち止まってはいられない。
旅の過酷さを心配した伊貴は、トニを通天山に残していこうと提案した。
彼女も彼の熱意に押され、山で待つことを了承した。
幼い無畏も山に残した方が安全だと考えたのだが、いくつかの奇妙な理由から、結局一緒につれて行くことになった。
一つ目は、彼が「絶対に傷つかない無敵の身体」を持っているのを盾に、恐れを知らぬ態度で「一緒に行く!」と聞き合わなかったこと。
二つ目は、宝物庫で波有から大袈裟な話を聞いて以来、「王都に行って胸の上で大石を叩き割る大道芸を見るんだ!」と心に固く誓っていたこと。
そして三つ目は……
身体も口も小さいくせに、一度喋り出すとマシンガントークが止まらない彼に嫌気がさした老仙尊が、「頼むからこの『お手上げ無畏』を連れて行ってくれ!」と頭を下げて懇願してきたからだ。
後四と伊念も、彼らとは一緒に行かないことになった。
通天山の古びた草庵には、貴重な書物がたくさん眠っている。
竜巻から投げ出されて白鶴に乗って戻ってきて以来、仙尊に命じられて山で待機していた間、後四はずっと彼女に付き合って部屋で読書に没頭していたのだった。
伊念は「今回行ったら二度と戻れないかもしれない。大好きな本も読めなくなるかも」と少しばかりズルい考えが頭をよぎり、「私みたいな足手まといが行っても迷惑がかかるだけだから……」と口ごもっていた。
伊貴は彼女の気持ちを察していたが、あえて突っ込むことはしなかった。
後四もまた伊念と離れたくなさそうな様子を見て、二人ともまだ若いこと、そして今回の任務が危険すぎることを考慮し、「山に残って待っているといい」と大師兄の伊蘭に提案した。
伊貴の言うことなら何でも素直に聞く伊蘭は、「よし、そうしよう!」と即座にうなずいたのだった。
―――
こうして——伊蘭、伊貴、波有、小亀、無畏。
五人が白鶴の背に乗り、王都の皇宮を目指して飛び立った。
国師の無光が人魚島へ向かったため、皇宮に残されていたのはわずかな小妖たちだけだった。
伊蘭たちの敵ではなく、あっという間に逃げ惑い、一行は容易く御花園にある石塔へと辿り着いた。
石塔の頂上には、光如意羅漢の『琉璃如意塔』が覆いかぶさるように鎮座し、五色の光を放って下の石塔を指一本動かせないほどに封印していた。
星盤仙尊の教えによれば、如意塔のてっぺんに輝く宝珠は、かつて波有が息絶える際に流した「人魚の涙」の中で最も大きな一粒なのだという。
波有が悲しげな歌を口ずさみ、『海音鈴』を涼やかに鳴らすと、宝珠は元の主人である人魚姫の呼びかけに応じ、すっと石塔の封印を解き放ったのだった。
無光に捕らえられた仮羅たちは、陽の光も届かない最下層に閉じ込められていた。
妖族である他の面々はともかく、人間の伊高屋は食べ物も水もない状態で何日も生き延びられるはずがなかった。
義理の兄たちが絶え間なく霊力を注ぎ続けてくれたおかげで、強い意志でなんとか命を繋ぎ止めていたのだ。
顔を輝かせた弟子たちが、大喜びで「師父!」と叫びながら駆け寄ってくる。
伊高屋は咳き込みながら言った。
「この親不孝者どもめ……少しは孝行心が残っていたようだな。わしや伯父たちのことを忘れずにいてくれたとは」
聞き覚えのある師父の毒舌に、波有たちは顔を見合わせて大笑いした。
彼女はボロボロと涙をこぼしながら泣き笑いし、小亀は隣で「へへっ」と嬉しそうに照れ笑いを浮かべていた、懐から一枚の鶴の羽を取り出した。
息を吹きかけると大きな白鶴へと姿を変え、師父たちを優しく背中に乗せた。
「俺が前にやった鶴の羽じゃないか! こんなに大きく育ったのか? 昔よりずっと賢そうな顔をしているぞ!」仮羅が目を細めて笑う。
伊貴は彼たちを安心させようと、あらかじめ考えていた言葉を丁寧につたえた。
「師父、皆さま。まずは白鶴に乗って通天山へ向かい、しっかりとお体を休めてください。いま人魚島では、和白様と藍様が心魔の無光と戦っておられます。僕たちの力は微々たるものですが、何か手助けができないか様子を見に行ってまいります」
「それに、砂漠で凄まじい耐久力を持った器霊の仲間を作りました。もし本当の危険に直面しても、彼の身体の中に隠れることができます。どうかご安心ください」
仮羅は他の者たちと視線を交わし、力強くうなずいた。
「短期間で見違えるほど成長したようだな。法力も格段に上がっておる。俺達が閉じ込められている間、外の状況がどうなっているかは分からんが……行くからにはくれぐれも気をつけるのだぞ! 決して無理に挑むな!」
伊貴たちは声を揃えて返事をした。
白鶴が大空へ向かって羽ばたいていく。
伊高屋は振り返り、手を振って大声で叫んだ。
「わしらも体力を戻したらすぐ追いかける! いいか! 絶対に戦うんじゃないぞ、隠れておるのだぞ!」
遠ざかる白鶴に向かって、伊蘭は涙を拭いながら手を振り返した。
「やっぱり師父だなあ! 口は悪いけど、本当に優しいんだから!」




