第82話 恋に破れたヘビの将軍
「ふざけるな! 万に一つもあり得ん!」
鷹王の大テントの中で、砂漠の支配者は激しい怒りに肩を震わせ、目の前で平伏している蛇の将軍、人面桃をキッと睨みつけた。
「お前はいつも『書物の中にこそ美人がいる』だの何だのとほざいていたではないか。あんなガリガリの人間の小娘が、お前の言う美人なのか? 我が砂漠の美女といえば、ワシの皇后や妃のような者を言うのだ」
「お前というやつは、本当にどうしようもないな! 泥棒猫のガキに惚れた挙句、見逃してやってくれだと?」
「最も腹立たしいのは、よくもまあそんな寝言をワシの前でぬけぬけと言えたものだ! 砂漠に生きる者のツラ汚しめ」
「頭が二つもあるくせに、脳みそは空っぽか!」
人面桃はすでに顔面蒼白だったが、それでも黙って鷹王の怒りの雷雨を耐え忍んでいた。
彼は最初からこうなることを予測していたのだ。
鷹王にはまだ自分が必要だし、何より『無畏眼』の力が必要不可欠だ。
どれだけ酷く罵倒されようが、命まで取られることはない。
まずは大王に自分の本心をぶつけておき、それから根気強く何度も懇求し続ければ、いつか彼の機嫌が良いとき、あるいは同情して「たかが小娘一人、どうでもいいか」と投げ与えてくれるかもしれない。
彼は、鷹王にどこまでもまとわりつく泥犬になる覚悟を決めていた。
すでに宝物庫の無畏には、あの可愛いお嬢ちゃんをいつでも監視しておくようにと言い含めてある。
彼らの食料と水が尽き、いよいよ息も絶え絶えになったその時、自分が「命の恩人」としてさっそうと現れれば、彼女はきっと……。
ああ、想像するだけで胸がときめいてしまう!
「これは絶対に、頭が二つあるせいでおかしな妄想が膨らみ、美醜の区別もつかなくなっているのだな! ワシが手助けをしてやろう。いっそ頭を一つもぎ取ってやれば、少しは正常になって頭も冷えるのではないか!」
鷹王の怒号は留まるところを知らない。
傍らに座っていた皇后は、大王の剣幕がただの脅しなのか、本当に手を下すつもりなのか測りかね、慌ててとりなした。
「大王様、どうかお怒りをお鎮めください。お叱りになるのはもっともですが、本当に将軍の頭を一つ切り落としてしまっては、命が半分なくなってしまいますわ」
鷹王も、ただ怒りに任せて部下を脅していただけだったので、皇后の助け舟を得て、ちょうど良い引き際ができた。
「ふん、ろくでなしめ、さっさと下がれ! ワシを怒り死にさせる気か!」
皇后も急いで人面桃に促した。
「将軍、早くお下がりなさい! 大王様のお言葉をよく噛み締めるのです」
ヘビの将軍は何度も頭を下げて感謝を示し、頭をねじ切られる前に一刻も早く大テントから逃げ出そうとした。
だが、鷹王が再び彼を呼び止めた。
「おい、通天山の頑固者にどう返事をするか考えておけ。一刻も早く弟子たちと引き換えに氷山をこちらに持ってこさせるのだ」
―――
自分のテントのてっぺんへと這い戻り、人面桃は照りつける烈日の下、だるそうに蛇の尾を丸めていた。
そして、前に立つ空っぽの木柱をぼんやりと見つめる。
以前そこに吊るされて罰を受けていた小妖たちは、すでに干からびてどこかへ片付けられてしまったようだ。
ふと見下ろすと、大月湖の水位は以前より明らかに下がっていた。
かつては水の中に沈んでいた青苔の生えた岩が、今では湖面にいくつもむき出しになっている。
(はぁ……)
彼は深くため息をついた。
陰鬱な表情に哀愁が漂い、自分でも気づかないうちに、二筋の涙が頬を伝って流れ落ちた。
どうやら、沙の谷の水源枯渇は、自分が想像していた以上に深刻で、そのスピードも早すぎる。
このままでは、星盤仙尊を脅して氷山と人質を交換する作戦が実を結ぶ前に、すべてが干上がってしまうかもしれない。
「保身」ばかり考えてきた彼は、かつて、この谷が滅びる前に鷹王の宝をいくつか盗み出し、人間の都へ逃げ延びようと考えたこともあった。
けれど、目の前の大月湖を眺めていると、彼の脳裏に、すっかり霞んでしまった二人の老人の顔がふと蘇ってきた。
彼は幼い頃から身寄りがなく、卵から孵ったとき、蛇の頭が二つあるという理由で、砂漠の他の妖怪たちからひどい差別を受けてきた。
そんな彼を拾い、しばらくの間育ててくれたのが、沙狐の老夫婦だった。
二人は亡くなる前、彼の小さな手を握ってこう言ったのだ。
『お前をいじめた人たちを恨んじゃいけないよ。砂漠での暮らしは厳しく、ここで生きる誰もが必死なのだから。希望を持って生きなさい。私たちの故郷が、いつか今より良くなることを願っているよ』
(おじさん、おばさん、僕は二人に合わせる顔がありません……)
そう思うと、都へ逃げるという選択肢は、彼の心の中から静かに消えていった。
それに、今は生まれて初めて心から愛する人ができたのだ。
彼女を置いて自分だけ逃げるなんて、絶対にできるはずがない!
彼はさっきの大テントでのやり取りを思い返した。
せっかく勇気を出して大王に直訴したというのに、木っ端微塵に罵倒されてしまった。
皇后は「よく考えろ」と言っていたけれど。
冗談ではない。
考えるまでもないことだ。
千回、万回考えたところで、あの可愛い人を諦めることなんてできっこない。
人面桃の頭の中に、再び波有の冷たい美しさをたたえた顔が浮かんできた。
と、そのすぐ隣に、憎たらしい少年の冷ややかな視線が割り込んできた。
(いけない! うっかりしていた!)
(あいつのことをすっかり忘れていたぞ!)
(これこそ、僕が真剣に考えなければならない問題じゃないか。どうすれば、あの目障りな恋敵を排除できるだろう?)
そうとなれば、もう眠ってなどいられない。
彼はすぐさま旋風を呼び出すと、一気に沙の谷を飛び出して砂漠へと向かった。
―――
人面桃将軍の必死な呼びかけに応じるように、白い球体が砂の中から姿を現した。
無畏が主人の気配を察知し、宝物庫の中へと招き入れてくれたのだ。
本来なら、鷹王の許可なく人面桃がここへ勝手に入ることは許されていない。
今までは、宝物や黄金、あるいは以前に閉じ込められた妖怪の死体を運び出すといった、ただの「運搬係」としてたまに入る程度だった。
そのため、来た回数は数えるほどしかない。
こうして鷹王に隠れてコソコソと忍び込むのは、今回が生まれて初めてのことだった。
(一目見るだけでいい、一目見て、無事を確認したらすぐに帰る)
将軍はそう自分に言い聞かせ、胸をバクバクさせながら黄金の空間を見回した。
「主人様、あいつらは蓋紅沙の島にいますよ。ほら、僕ちんが主人のために一瞬も目を離さずに見張ってたんだから!」
無畏が手柄を誇るように素早く報告してきた。
二人は小舟に乗り込み、まっすぐ赤い砂の島へと向かった。
舟が岸に着く前、本当にただ一目見た、その瞬間だった。
待ち焦がれていたあの子の姿が目に入った。
しかし、波有と青二才(小亀)は、赤い砂の上で顔と顔を寄せ合うようにして、横たわりながら何かを囁き合っていたのだ。
(な、な……!)
あまりにも親密な光景に、人面桃は怒りと嫉妬で全身をガタガタと震わせ、しばらく言葉も出なかった。
まあ、確かに二人は師姉と師弟の関係だ。
もしかしたら、とっくに相思相愛の幼馴染カップルなのかもしれない。
だが、書物にはこう書いてある。
『精誠至らば金石も開く』と。
ならば、自分が「精誠」になり、二人の仲を引き裂くお邪魔虫になってやろうではないか。
無畏は、主人の顔がこれほど真っ白になるのを初めて見て、怯えて口を開くこともできなかった。
長い沈黙の後、ようやくヘビの将軍の口から漏れたのは、すっかり魂が抜けたような、なんとも力ない声でボソリと呟いた。
「あんな砂の上に横たわって、身体が痛くならないのかね……」
その時、二人の会話が風に乗って彼の耳に届いた。
「師姉。伊念師姉と後四が無事を通天山に伝えてくれたら、仙尊様は助けに来てくれるかな?」
「きっと来てくれるよ。でも、砂嵐のせいで、二人が砂漠の全然違う場所に飛ばされていなければいいんだけど……」
「そうだね。今考えると、本当に怖かった。あのとき、師姉をぎゅっと抱きしめて、絶対に手を離さなくて本当によかったよ」
「師弟が元の姿に戻って受け止めてくれなかったら、あんな高いところから落ちて、私の足は骨折していたかもしれないね」
「そんなことさせないよ! 僕、自分の足が折れても、師姉だけは絶対に守るから!」
「うん、ありがとう。師父がいつも言っている通り、わたしたちきょうだいは、お互いに愛し合って助け合わなきゃね」
最初の衝撃による大混乱から、今の絶望的な境地に達するまでの彼の感情のジェットコースターは、まるで人間が死ぬ間際に見る走馬灯のようだった。
人面桃将軍は、これまでに読んできたどんな難しい書物よりも、数分間の脳疲労の方が凄まじいと認めざるを得なかった。
よくよく聞いてみれば、二人の会話は決して男女の甘い囁き合いというわけではなかった。
しかし、極限までデリケートになっている将軍の脳内では、『ぎゅっと抱きしめて』『お互いに愛し合って』という言葉が、まるで巨大スピーカーのようにエコーしながら頭の中でリピートされていた。
それが今の彼には、あまりにも深い苦痛となって突き刺さる。
誰かを好きになるなんていうのは、実はとんでもない拷問を受けることだったんだ。




