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波有伝説~海をゆく虹色の鱗【後編:不老不死の秘薬】  作者: 唯紅蓮真美(いちべにまみ)
第三章 砂塵に眠る無畏の宝窟

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第79話 黒コゲのカラス




 言葉が終わるか終わらないかのうちに、四方八方から狂暴な風の唸りが響き渡った。


 一瞬にして黄砂が天を覆い、目の前の視界を完全に遮断してしまう。


 先ほどまで肌を刺していたギラギラとした太陽は、瞬く間に灰色の分厚い雲の向こうへと隠れてしまった。




 渦巻く黄砂の奥から、鷹王の突き刺すような高い声が降ってくる。


「身の程知らずのガキどもめ、ワシから逃げられるとでも思ったか!」


 声と同時に、傲慢で面長い顔が砂嵐の中からぬっと姿を現した。




 蛇の将軍は驚きつつも内心喜び、わざとらしく媚びを売るように駆け寄った。


「大王様、良いところへ! 今ちょうど、こ奴らにコンコンと説教を垂れていたところです」




 鷹王は下を指差し、狂ったように吠えた。


「この堅物め! 泥棒猫どもに説教など必要あるか!」




 彼は激しく砂粒を巻き上げる竜巻の上に立ち、背後には海が逆巻くような巨大な漏斗状の砂嵐がいくつも控えていた。


 空を埋め尽くす砂の粒が顔に当たってピリピリと痛む。




 伊貴が波有たちを見回すと、誰もが絶望的な表情を浮かべていた。


(この様子じゃ、今日はどうあがいても砂漠からは逃げ切れないな……)



 彼は覚悟を決めると、その場にバッと膝をつき、鷹王に向かって大声で叫んだ。


「お宝を盗んだのは、僕が一時的な欲に目が眩んだせいです! どんな罰でも甘んじて受けます。ですが、師弟や師妹は何も知らないです。どうか彼らの命だけは助けてやってください!」




「命を助けろだと? なかなかいい度胸をしているじゃないか。そんな要求が通るわけなかろう!」鷹王は冷酷に嘲笑った。


「通天山の弟子だろうが何だろうが知ったことか! 砂漠にあるものは、砂の一粒に至るまで全てワシのものだ。宝に手を出す者は、一人残らず無惨な死を迎えることになると知れ!」



 彼は後ろに控える部下たちに向かって振り返り、怒鳴り散らした。


「全員処刑しろ! この泥棒どもを見ているだけでヘドが出る!」




 人面桃はギクリとした。


「大王様、それはいけません! 曲がりなりにも彼らは使者として贈り物を届けてくれた身。ここは一つメンツを立てて、通天山の星盤仙尊への手前、穏便に捕らえるだけに留めては……」



 将軍としては、一度彼らを捕らえて連れ戻す展開を期待していたのだ。


 そうすれば、後から鷹王にうまく取り入って美少女の命乞いをし、恩を売るチャンスが生まれる。




 そんな狸寝入りを決め込んでいたのだが、あいにく今の鷹王は怒り心頭で、言い訳に耳を貸す余裕は微塵もなかった。


「黙れ! さっさと手を下さんか!」




 傍らにいた衛兵隊長が命令を受けるや否や、一陣の旋風を操って伊蘭たちに向かって突撃してきた。



 彼が足元にまとっている旋風は、周囲の黄色い砂嵐とは違い、不気味な黒い輪が混ざり合っている。


 しかも風の中にあるのは砂だけではない。


 妖術で鍛え上げた、剃刀のように鋭い黒い鷹の羽が無数に紛れ込んでいるのだ。


 並みの人間なら、触れた瞬間に全身をズタズタに切り裂かれてしまう恐ろしい技だった。




 ―――




 衛兵隊長は鷹王の遠い親戚にあたる男で、その血縁関係を利用して、沙の谷では人面桃に次ぐナンバーツーの座に収まっていた。



 数百人もいる鷹衛隊の中から鷹王に目をかけられ、引き立てられた理由は、初代の先祖にそっくりな顔をしていたこと、そして何よりも「絶対的な忠誠心」だった。



 少なくとも表向きは、いつだって忠義の塊のような顔をしている。



 噂では、毎晩寝る前に「大王様は神勇なり! 大王様は英明なり! 大王様こそ英雄なり!」というスローガンを呪文のように唱えてから眠りにつくらしい。




 命令を受けた彼は、相変わらず生真面目な堅苦しい表情のまま、足元の旋風にさらに妖力を注ぎ込み、体積を爆発的に膨れ上がらせた。


 小癪なガキどもを一網打尽にして塵も残さず消し去り、ついでに目障りな蛇の将軍にも実力を見せつけてやろうという魂胆だ。




 次の瞬間、黒く濁った巨大な旋風が目の前まで迫った。


 四の五の言っている時間はない。


 小亀は即座に元の姿へと戻ると、頑丈な亀の甲羅でみんなの前に立ちはだかり、盾となった。



 風に乗った鷹の羽が猛スピードで回転し、ガチガチと甲羅の表面を削りながら耳障りな金属音を響かせる。


 けれど、鉄より硬い亀の甲羅には傷一つつけることができない。




 衛兵隊長は、亀の甲羅が自慢の旋風を完璧に防ぎ止めるとは思ってもみなかった。


 さらに妖力を込めて風の威力を跳ね上げたが、甲羅の防壁を前に、一歩も前へ進むことができない。




 その隙に、伊蘭と伊貴の二人はパッと目配せを交わした。


 二人は腰を落として半身になり、両手を前方へ突き出すと、体内の霊力を一気に爆発させて合同魔術『風火術(ふうかじゅつ)』を放った。


 伊貴は懐から『氷水牌(ひすいはい)』を取り出し、術の中に融合させる。



 刹那、激しい炎の波が旋風の上の男を目がけて押し寄せ、すぐ後ろからは、指ほどの太さがある剣のように鋭い氷の礫が、衛兵隊長の顔面を目がけて何条も飛んでいった。




 波有は、炎と氷が真っ直ぐ敵に向かっていくのを見て「やった!」と歓声をあげようとした。


 しかし、衛兵隊長が袖をひと振りすると、それらの攻撃はあっけなく明後日の方へと弾き飛ばされてしまった。




 人面桃は、最初こそ通天山弟子の実力を少し警戒していたものの、彼らの術がこうも「あっけなく破られる」のを見て、ハラハラし始めた。


 (これじゃあ、あと数分もすれば、美少女が泥棒どもと一緒に消し炭になっちまう。それはあまりにも惜しすぎる!)




 焦った彼は身を乗り出した。


 「人間どもの小細工など、あまりに弱すぎますな! 衛兵隊長は大王様の手下で一番の猛将、『鶏を割くにいずくんぞ牛刀を用いん』と言います。ここは一つ、私に手出しをさせていただけませんか?」



 すると衛兵隊長は途端に不機嫌そうに顔を曇らせ、口元に冷たい嘲笑を浮かべた。


 「ほう……お前は、大王様の命令に背くつもりか?」



 その一言に将軍はビクリとして、慌てて両手を振った。


 「めっそうもない! とんでもない! 衛兵隊長、どうか気にしないでくれ!」




 人面桃は確かに大王の最側近ではあるものの、重宝されているのは『無畏眼(むいえん)』の能力と、巧みな話術のおかげだと自覚していた。


 実際に武器を取ってガチの殴り合いをするとなれば、目の前の武闘派には逆立ちしても敵わないのだ。




 ―――




 一方、甲羅の陰で、波有は小亀が自分を呼ぶ声を耳にして、焦って問いかけた。


 「師弟! まだ耐えられる!?」



 「心配しないで! 今、身動きが取れないだけなんだ。僕の胸のところに『光占羅盤(こうせんらばん)』があるから、それを取り出して師兄たちに渡して!」


 「中に李御(りぎょ)の香灰が入ってる。『三味真火(さんみしんか)』で奴らを迎え撃つんだ!」



 それを聞いた伊蘭と伊貴は、一気に顔を輝かせた。




 敵のガキどもがまた同じような術の構えに入ったのを見て、普段は笑わない鷹王までもがゲラゲラと大笑いし始めた。



 人面桃もすかさず、自分の処世術であるおべっかを忘れない。


 「泥棒どもめ、大王様の神々しさに頭が狂ってしまったのでしょう。でなければ、愚かな真似を繰り返すはずがありません」




 当の衛兵隊長は、自分が命懸けで戦っている真横で、ヘビの奴がまたペラペラと喋っているのが無性に腹立たしかった。


 (この忌々しいハエめ、一発で叩き潰してやりたいぜ)と思いつつ、再び迫り来る炎と氷を睨みつける。




 さっきと全く同じだ。


 彼は袖のなかに鋭い烈風を仕込み、目の前の氷火をまとめて足元へ叩き落とそうとした。




 ところが、袖を振った瞬間、氷の礫は確かに消え去ったものの――残った炎が、恐ろしい勢いで彼の袖へと燃え移ったのだ。


 火の手は一瞬にして頭から足の先まで全身を包み込み、衛兵隊長は生きたまま火だるまになって絶叫した。


 あぶられる激痛に、天を衝くような悲鳴が砂漠に響き渡る。




 予期せぬ大逆転劇に、場にいた全員が唖然として固まった。




 鷹王は誰よりも激しく動揺した。


 衛兵隊長は親戚の若者だ。


 彼の持つ実力なら、並大抵の炎で深手を負うはずがないことは誰よりも熟知していた。



 しかし、この炎はあまりにも異常だった。


 純白の炎の中に、極限まで濃い青藍色の光が混ざり合い、世のものとは思えない絶対的な破滅のエネルギーを放っている。


 (間違いない……これは伝説の、三味真火だ!)




 ―――




 鷹王はすぐさま思考を巡らせると旋風を飛び降り、一瞬にして足元の砂の中に隠された『無畏眼の宝物庫』へと飛び込んだ。



 中にいる精霊の無畏は、地上の光景を見ることはできないものの、将軍の感覚を通じて上空で激しい戦闘が行われていることだけは察知していた。



 鷹王が血相を変えて飛び込んできたのを見て、モヤシっ子はおずおずと尋ねた。


 「大王様、そんなに慌てて……何か法宝でも持ち出すのですか?」



 鷹王は説明する時間も惜しく、声を荒げて急かした。


 「いいから早くしろ! 三味真火を消せる『息神水(そくしんすい)』を持ってこい!」



 モヤシっ子は彼の凄まじい剣幕に怯え、いつもの無駄話をする余裕もなく、慌てて指をパッと突き出した。


 すると、金色の海に浮かぶどこかの島から、小さな玉瓶が一つ、ヒュンと飛んできた。



 鷹王は瓶をひったくるように掴むと、次の瞬間にはもう洞窟の外へと飛び出していた。


 背後から、「大王様ぁ! そのお宝、ものすごく貴重なものなんですからねー!」という精霊の叫び声が虚しく響く。




 地上に戻った鷹王が、すぐさま衛隊長の身体に息神水を振りかけると、ようやく炎は収まった。


 しかし、さっきまで威風堂々と暴れ回っていた衛隊長は、すでに虫の息で瀕死の重傷を負っており、その姿はまるで「黒焦げになった巨大なカラス」のようになって無残に転がっていた。



 まさか三味真火の一撃が劇的に決まるとは思ってもみず、伊蘭や伊貴たちは、お互いに顔を見合わせて歓喜の声をあげた。


最後までお読みいただきありがとうございます!


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